彩瀬まる『あのひとは蜘蛛を潰せない』(新潮社)
 
をを……(沈黙)。
友人に「最近ぐさぐさ来た作品」と紹介されて、単行本なのに手を出してしまいました。で、案の定ぐさぐさ来た、というか、読むうちに不安な毒が体中をめぐってくらくら。

主人公は29歳、ドラッグストア正社員の梨枝。実家住まいだけど、束縛の強い母との関係はいまいち。でも母をふりはらって自立する覚悟もなく、仕事や恋愛にもいっさい自信をもてない、いわばキャラクター的弱者です。

夜勤明けの食卓に用意された、母の料理の数々。服や、帰宅時間にまつわる細かなルール。みっともないことをしてはいけない、その言葉は梨枝の思考回路のはしばしに染みついて、折にふれ彼女の日常を硬直させます。それはもう、もはや読んでるだけで息苦しくなるほど。

バイトの三葉くんとの恋、すごい頻度でバファリンを買っていく「バファリン女」との関係など、たぶん瀬尾まいこ作品だったらやわらかく明るいところへ着地すると思うんだけど、梨枝の目線からだとひどく心細く、生々しい痛みを伴ってせまってきます。

(個人的には「バファリン女」のくだり、とても好きですよ)


愛しいことと疎ましいこととは表裏一体で、しかも相手と過ごした時間の長さや質、量を考えると簡単には関係を断ち切れないことも多いし、特に梨枝の場合「この世に、お母さん以上にあんたのことを考えてる人間なんていないんだから」という呪いつき。かといって愛情も呪縛もすべて引き受けるなんて負担が大きすぎて、だから対人の問題は本当にややこしい。梨枝の苦しみを通して、なんだか私まで考えこんでしまいました。


波がひいた後の砂模様、読後感が模様に相当するとしたら、だいぶくっきりした筋の残る物語だったというか、いや必ずしも読後感よくはないのだけれど、後味が滋味豊かでとてもよかった。




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