Q&A 10 ☆精子がよくない時 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

Q
妻 40歳(25歳で前夫との間に男児出産)、生理周期規則的、AMH 46 pM(PCOSなし)
夫 32歳(10年前精巣癌で2度抗がん剤治療を実施)精子濃度は平均以上

 SCSA(DFI:33.4%, HDS:2.2%)クルーガー正常2.5%
1)前周期ピル、long法+ICSI、採卵16個→成熟卵14個→正常受精卵14個→胚盤胞7個(グレードG2x4,G3x3、すべてハッチング)→CGH後4個→融解胚移植2回→不成功
2)アンタゴニスト法+ICSI、採卵11個→成熟卵10個→正常受精卵8個→胚盤胞2個→新鮮胚移植1回→不成功、凍結卵なし
 SCSA(DFI:10%, HDS?)クルーガー正常0%(PICSI薦められる)
3)long法+PICSI、採卵13個→成熟卵10個→正常受精卵7個→胚盤胞1個(グレードG3、day3では5-7分割、未ハッチング)→新鮮胚移植1回→不成功、軽度OHSS

 *全て同じ医師、同じ刺激法(ゴナールF 200単位)
 *全て3日目でアシステッドハッチング(CGHの準備として)
 *(1)のみ、採卵~移植は違う施設へ移動(医師、培養環境、培養士が異なります)
 *最初のSCSA以降に精子によいことを心がけ(有機野菜、有機果実、ナッツ、携帯電話の電磁波を避ける)、効果があったと考えています

①1回目と3回目の差は何が考えられるでしょうか。例えば、培養液、培養士の技術、採卵の手技など、何が一番影響している可能性があるでしょうか 。
②夫のDFI 10%、しかしクルーガー正常0%この場合PICSIとIMSIのどちらが有用か。同時には出来ないと言われましたが、本当ですか。
③夫の精子の状態でTESEはそれでも有効ですか。
④夫の精子をさらに詳しく検査する方法はありますか。出産歴などから、卵子の質には大きな問題はないと思っています。女性の年齢だけが問題なら、確率的なことだけで、続けてさえいればいつか出来るのでしょうか。夫の精子が本当に赤ちゃんになれないものだとしたら、それを調べる方法はあるのでしょうか。TESEなど最先端の技術を駆使しての結果でしかわからないものでしょうか。

A まず、上記に出ている検査や治療の説明から

SCSA(精子クロマチン構造検査)
 クロマチンの欠陥や DNA損傷を受けた精子のダメージ度合を検出する方法で、DFIとHDSがあります。
DFI(DNA fragmentation index、DNA 断片化指数)
 DNAの欠損具合を測る指標で、15%以下が良い、15~30%が普通、30%以上が悪いです。30% 以上では、人工授精よりも体外受精、IVF よりも ICSI の方が妊娠率が高いことが報告されています。
HDS(High DNA stainability/高 DNA 染色性)
 未熟な精子の割合がわかります。10% 以上では、人工授精よりも体外受精の方が妊娠率が高いことが報告されています。

クルーガーテスト
 精子の精密な形態検査です。現在のWHOの精液検査の基準に必須ですが、実際にはここまでみていることは少ないです。15%以上が理想ですが、4%以上で良いことになっています。

IMSI(Intracytoplasmic morphologically selected sperm injection、イムジー)
 通常のICSIで用いる顕微鏡は200~400倍ですが、IMSIでは約6000倍に拡大し、形態学的により良い精子を選ぶ方法です。

PICSI(physiological ICSI、ピクシー)
 成熟した精子がヒアルロン酸(卵子を囲んでいる主要成分)への結合能を有する性質を利用し、ヒアルロン酸への結合がみられた精子を用いてICSIをおこなう方法です。

全体の考え方
良い精子と良い卵子が揃って初めて良い受精卵(胚)になるのですが、胚発育の最初の段階は卵子の質が、後半(胚盤胞)では精子の質が関与していると考えられています。卵子は選べませんから、ICSIでいかに良い精子を選ぶかが最大のポイントになります。このような考え方からIMSIとPICSIが登場しました。良い精子を選ぶと、胚盤胞到達率がよく良い胚盤胞になるというわけです。

①3周期をまとめると下記のようになります(採卵数と成熟卵数は同じとみてよいでしょう)。
1)受精率 100%、胚盤胞到達率 50%
2)受精率 80%、胚盤胞到達率 25%
3)受精率 70%、胚盤胞到達率 14%
受精率も有意とは考えにくいですが、胚盤胞到達率がどんどん悪くなっています。特に1回目と3回目にはあまりにも大きな差があります。医師、培養環境、培養士がすべて異なりますので、どの影響もあり得るでしょうが、内部の様子を伺い知ることができませんので、何が一番とは言いがたいと思います。もちろん、卵子の老化や精子の老化の関与もあり得ます。
②精子のダメージは精巣内とその後の精子の通り道(精管内)で受けます。後から受けるダメージは、主に活性酸素によるものですから、生活習慣等を気をつけることで改善することは期待できますし、実際にDFIが改善しています。しかし、DFIが改善していても奇形精子がほとんどということは、もともとの精子形成の問題と考えざるを得ません。また、全く違う発想で精子を選別しようとしていますので、PICSIとIMSIのどちらが有用かは言えません。最近、PICSIとIMSIを併用するPIMSI(physiological IMSI、ピムジー)という方法が登場しましたので、併用も可能です。
③もともとの精子形成の問題だとすれば、TESEは有効の場合があります。精巣での精子形成は、精巣全体が一様に同じ状態なのではなく、良いところと悪いところが混在していることが多いものです。もし、抗癌剤の影響が少ない場所が部分的に存在していれば、そこをmicro-TESEでみつけて、良い精子が得られる可能性はあります。勿論、良い場所と思われる部位から精子を採っても、それほど良くないこともあります。
④精子の検査は、これまで多くの方法がトライされてきましたが、決定的なものはないと思います。検査することが目的なのではなく、いかに良い精子を得るかが重要と考えます。③でも述べたように、精子形成は一様ではありません。なぜmicro-TESEをするのかというと、精巣の中から良い部分を探しだすためです。たとえば、非閉塞性無精子症の方のmicro-TESEで、精巣全体をくまなく探すと、1カ所だけ良いところがあり、あとはダメということがしばしばあります。良い精子を見つけて採ってくる以外に方法はないように思います。

2013.6.18『精子のDNAダメージと染色体異常の関係」では、精子のDNAダメージを、SCDt(精子クロマチン分散試験)により、DNAフラグメンテーション・インデックス(SDFI)とDNA変性インデックス(SDDI)で調べています。DFIとSDFIは同じもの、HDSとSDDIは類似のものとみてよいと思います。この論文では、DNAダメージと染色体異常の相関が示されています。