スクラッチの有効性に関する考察 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

スクラッチに関する論文が最近多くなっています。本論文は、スクラッチのランダム化試験を全て見直したところ、有効性に疑問があるとしています。

 

Hum Reprod 2019; 34: 2372(オーストラリア他)doi: 10.1093/humrep/dez207

Hum Reprod 2019; 34: 2317(副編集長)コメント doi: 10.1093/humrep/dez244

要約:これまでに報告されたスクラッチのランダム化試験(ART治療25論文、人工授精・タイミング治療12論文)を対象に、それぞれ論文の問題点がないか洗い出しました。ART治療では、患者登録の不備が17論文に、統計学的な問題が10論文に、その他不備が9論文に認められ、問題点のない論文はわずか2論文でした。人工授精・タイミング治療では、患者登録の不備が10論文に、統計学的な問題が5論文に、その他不備が4論文に認められ、問題点のない論文はありませんでした。

ART治療で問題点のない2論文は、N Engl J Med 2019; 380: 325(多施設)とArch Gynecol Obstet 2019; 299: 1159(カナダ)であり、いずれもスクラッチの有効性を否定しています。なお、前者は1364名での大規模な検討であるのに対し、後者は51名の小規模な検討です。

 

解説:妊娠成績向上のためのスクラッチは丁度10年前の2010年に登場しました。2012年のCochraneレビューでは出産率が2倍になると報告され、その奇抜なアイデアと相まってスクラッチは世界中へ一気に広まりました。2015年のCochraneレビューでは有効率が1.4倍に低下しましたが、依然として有効とされました。しかし、バイアスの高い論文を除くと効果が消失しました。本当にスクラッチが有効であるかについては、賛否両論があり一定の結論が得られていません。適切な時期、方法、回数なども明らかにされていません。本論文は、スクラッチのランダム化試験を全て見直したところ、ART治療も人工授精・タイミング治療の場合も有効性に疑問があるとしています。

 

副編集長のコメントでは、スクラッチの歴史を振り返りながら、論文を審査し掲載する立場として、しっかりした論文のみを選別する必要があるとしています。それによってのみ、このような混乱の事態を免れることが可能であり、気を引き締めて査読しなければいけないと述べています。ある治療法の有効性が確立されるためには、世界中の方が様々なトライアルを行い、賛成派と反対派の論文が積み重なって行きます。その過程では、有効であるとも無効であるとも言えない訳ですが、年月が経つにつれて真偽が定まってきます。論文の審査ももちろん重要ですが、このような過程を経てエビデンスが確立される訳ですから、論文を読む側としても常に疑いの目を持っていることが必要だと思います。言い換えると、たった一つの論文で一喜一憂するのは無意味であり、一つの論文のみを取り上げたネットの情報にはくれぐれもご注意ください。私のブログでは「下記の記事を参照してください」として過去記事を時系列で紹介していますが、エビデンスが構築されるまでの歴史を知るためにあえて載せています。医学の進歩は常に現在進行形です。現在行われている治療が将来否定される可能性は十分あり得ますので、最新情報にのみご注目ください。

 

下記の記事を参照してください。

2020.1.7「スクラッチの有効な方は?:多施設ランダム化試験

2019.10.23「☆スクラッチの効果:メタアナリシス

2019.6.18「☆スクラッチはやめるべき?:賛成派 vs. 反対派

2019.4.25「初回胚移植でのスクラッチの効果はない:メタアナリシス

2019.1.19「初回および2回目の新鮮胚移植における前周期スクラッチの効果は?

2018.10.13「スクラッチの効能:メタアナリシス

2013.12.25「☆スクラッチング法