「あーつーいー」


もうやる気なんて起きないと騒ぐ琴子のやる気は、一年の内ほとんどが全力を出してない。


「うーんと、うーんと、うーんと」と唸っているからには答えに辿り着くかと思いきや、急に歌い出した。


「夏がくーれば思い出す~」
「その先が~、出てこない~音譜


見事にメロディに乗せて歌いあげてくるが、勿論歌詞は違う。


「その先よりも答えを先に出せよ」と冷たく告げれば、琴子は「そのヒンヤリは言葉じゃない方で体感したい雪」と嘆いた。


「部屋は十分涼しいんだがな」と呆れて言うと、琴子は白紙のテキストに顔を埋めて「これが雪だったら良かったのに」と現実逃避を始める。


終わらないな、今日も・・・。


「このままだと、高校3年の再来だぞ」と言うと、琴子は顔をガバッとあげて「ねっ、こんな未来もあったでしょラブラブ」と喜ぶ。


俺は「はぁ~」とため息をついて「あれが初めての徹夜だった」としたくもない回想に付き合わされた。


「うっそー」と叫ぶが、宿題など一瞬で終わる俺にとって『徹夜』をするほど学習量に困った事などなかった。


医者を志す今は違うが、あの当時の未来は親父のあとをついでオモチャ会社の社長になる事だったから、そこまで勉強にのめり込むとは思えなかったのだ。


「入江くん、頭いいからなぁ~。あっ違う。真面目なのよ!!」とさも今気づいたかの様に琴子が宣言する。


真面目か不真面目かの二択で言えば、俺は『真面目』と言えるだろうと思う。


特に琴子の様にやらねばならない宿題から逃げる不真面目人間ではない。


さっさと終わらせて余暇に好きな事をする・・・そういえば、飯を作らされたなという事まで思い出した。


何故あの日、カレーではいけなかったのか。


琴子にそそのかされてビフテックアンジョワブルなる物を作らされたが、何故のご馳走・・・というよりは現実逃避だったな。


「今度徹夜する時はカレーな」


「カレー食べたらやる気出るの!?」と明後日方向に思考を飛ばすが、その前にテキストの答えに着地しろよと空白の答え欄を指で叩く。


「そろそろ、ここの答えが出る頃だろ」


「まるでカップ麺。3分経った??」


本当、琴子の謎思考にはついていけない。


「琴子ちゃーん、かき氷食べるー!?」


ノックしながら部屋を開けるおふくろはこっちの事情を考慮しない。


「はーい、食べたいですドキドキ」と笑顔で振り向く琴子に丸めたテキストをスパンと落とした。


「終わるまでいらねぇ」
「今やるってば」


さっきまで空白だったテキストが黒で埋まっていく。


そのやる気は年中発揮すれば楽なのに・・・。


でも―――
自分にも覚えがある。


その『やる気』があれば、自分の未来が明るくなるのに出せなかったあの頃。


琴子を本気で羨ましいと思った、一瞬だけ。


状況は全然羨ましくないのに、自分のせいで追い込まれているのに、必死に挽回しようと全力以上の力を出すこいつが光って見えた。


俺にはない力・・・。


「ほら、入江くん。早く食べにいこっ」


子犬の様に駆けて行こうとする琴子を後ろから抱き留め、その口を奪った。


「まず熱くなってからが丁度いい」

 

* * *

夏休み、ようやく終わりました絶望

この話、半分実話です!! むーすーめーーーー

リアル琴子な娘との壮絶な25日間。思い出したくない(笑)

私のノルマは後一回ですウシシ