キョーコちゃんが熱を出した。
蓮にそう告げたのは、仕事終わりの送迎の車の中でだった。雲が厚く掛かって気温もぐっと下がった夕暮れ時、作り物な人工雨はこれでもかって程に大袈裟な大量に降り注がせないと絵にはなってくれなくて。なのに、ドツボにでも嵌ったのか繰り返される相手役俳優のNGに監督の気まぐれみたいな取り直しまで重なって、だ。
そりゃ、熱が出るのも仕方がないよ。
幸いにもインフルエンザではなく、疲労からの一時的な発熱だろうって診察で……と、まぁそんなこんな訳で現在キョーコちゃんは自宅で療養中。
そう教えてやりながらチラッとルームミラーで後部座席へと目をやれば、そこには複雑そうな表情で黙り込んでいる俺のもうひとりの担当芸能人。
あー、あの顔はたぶんあれだな。
「社さんはそんな無茶な撮影止めなかったんですか?」って言いそうになって、だけど、そんな事言って俺に「じゃぁ、お前なら俺に止めらたからって演技止めるか?」って突っ込まれたら自分なら止められても何がなんでも演り通すだろうってのが想像出来ちゃってってのと、大事な女の子が寝込んでるのが心配で堪らないのに何にも出来ない自分がもどかしいってのが混ざり混ざったって感じか?
まぁ……ねぇ?
現在の蓮とキョーコちゃんの関係は良いところで仲良しな先輩後輩ってとこな訳で。
スキャンダル御法度な水物人気商売でなくったてさ。熱を出したからって、この時間から一人暮らしの異性の家へ……とは、なかなかに無理のある関係性だろうってもんだ。
どれだけ蓮がキョーコちゃんを心配だろうとさ。そこからはもう会話もなく、俯いたままだんまり無言で塞ぎ込んでる蓮を乗せて夜の街へ車を走らせ続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
アスファルトとタイヤが軋む音を立てて、俺が車を停めたのは蓮の自宅の地下駐車場。
ありがとうございました。と律儀に送迎の礼を告げる整った男の顔には、やっぱりどこか陰りがあるように見えて。
俺は車を降りようとしている後部座席の男へと、スーツの胸ポケットへこっそりと入れておいたカードキーを無造作に差し出した。
それが誰の家のスペアキーか感じ取っただろう蓮。カードキーに視線を張り付けたままピシリッと、身体の動きが硬直したように止まる。
「俺はお前に行けとも行くなとも、言わない。でもな……」
微熱とは言っても、顔色は悪いのに熱の所為で頬だけが赤らんで歩くのもフラフラの見るからに辛そうだったキョーコちゃん。
「男の俺だと問題があるから事務所から女性スタッフの派遣をお願いしようかって言ったらさ、キョーコちゃん言うんだよ…………大丈夫です、慣れてますからって。」
まだ俺の目から見れば子どもな年齢のキョーコちゃんが、当たり前みたいにそう。
 
 
 
 
一人暮らしをした経験のあるやつなら、一回くらい見に覚えがあるだろう。
体調不良で寝込んだ時のあの突き付けられるみたいななんともし難い心細さ。
でもさ……
知名度があがって下宿先を出る時に、はじめての一人暮らしだってそう言っていたキョーコちゃん。
引越しの手伝いをしたのなんてほんの2ヶ月くらい前の事だ。
そんなキョーコちゃんが慣れてるって言うなんて事はさ、今回みたいに熱を出したりした時に……誰かと一緒に生活していた今までだって、ずっとひとりだったって事……なんだろうな。
 
 
 
 
俺の差し出したカードキーに無言のまま一瞬の躊躇を見せた蓮。
だけど、蓮の手が受け取っていったカードキー。
 
 
 
 
俺の担当しているタレント兼女優。
何をやらかすか未知数な意外性と可能性の塊みたいな、マネージメントしがいのある金の卵。
だけど、そんなの抜きにしたって……いい子なんだよ。どこかの恋愛音痴な世話のかかる弟と同じくらい、かわいい妹みたいに大事に思ってる。
 
 
 
 
きっと、複雑な家庭事情から普通の子よりずっとずっとはやく「大人」にならなきゃいけなかっただろうキョーコちゃんがさ。
弱った時くらい、誰かにちゃんと弱音をはけるようになって欲しいなって……そうしてやれるのがコイツだけなんじゃないかなって。
 
 
 
 
 
キョーコちゃんが、ひとりの夜の寂しさに慣れてしまってるだなんてそんなこと
 
 
 
 
 
 
どうか、もう言わなくていいように
 
 
 
 
 
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敏腕マネージャーは担当する芸能人が信頼して預けたであろうカードキーを横流しなんてしないだろう!って突っ込みが入りそう。
でもでも、そうすると寝込んだキョコちゃんにふらふら起きて来て貰わないと顔も見れないじゃないっすか!?
虹ですもの。妄想ですもの。そこはそれ、ご都合主義ですよ!!←ひらきなおり


 
んで、なんかわかったみたいな事書いてやがりますが……猫木めは一人暮らしをした事がございません。
そりゃもう、一瞬たりともな皆無ですとも。
なもんだから実はいまだに、たまーにお仕事なんかでビジネスホテルなんかにひとりで宿泊とかしてると寂しくてしょうがなくなったりなヤツだったりしやす。
(。・ω・。)
 
 


慣れたとか寂しい事言わせたくない!な保護者目線の社さんが書きたかっただけなこのお話。
甘さも萌えもないな。
壁|д')
やっしーなお兄ちゃんに背中押された蓮くん視点とかって需要あるのかなぁ?
 
 

↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。

 
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