なんとか、収まりがついた俺達。
一時はこのまま沖合いでやっちまおうか?なんて冗談言ったけど、ユノはその言葉間に受けそうだったから、すぐに撤回した。
沖合いで変なことをして、サメにでも食われたら洒落にならん。
「海行こうぜ。」
「泳ぐ前に準備運動しよう。」
「平気だよ。マジ泳ぎするわけじゃあるまいし。」
俺はユノの制止も聞かず、海へも走っていった。
まだ、少し、水が冷たいが、この暑さにはちょうどいい。
後ろを振り替えるとまだ準備運動しているユノがいた。
変なところが真面目なんだよな。
海は思ったより、すぐに深くなり、足がつかなくなった。
泳ぎは得意とはいえ、足のつかないところを泳ぐのはまだやめておこうと思ったときだ。
俺の横を浮き輪をつけた子供が通りすぎる。
「坊や、危ないから奥までいかず、こっちに戻っておいで。」
「おじちゃん、もしかして、悪い人?」
「は?いや、その前におじちゃんって。」
「ママに知らないおじちゃんに話しかけられても無視するように言われてる。」
「お、に、い、さん!お兄さんは、悪い人じゃないよ。何もしないから、こっちに戻っておいでよ。」
「あ!やっぱり、おじちゃん悪い人だ。何もしないからって近づいてくる奴は信用しちゃだめって。」
おいおい、今は状況が違うだろう。
「わかった。そばによらなくていいから、岸に戻りなさい。危ないよ。」
「戻ろうとしたら、僕を捕まえるんでしょ。その言葉にはだまされないから。」
そう言ってさらに奥へと泳ぐ。
「ちょっと、待って!」
俺は泳いで男の子に近づき、浮き輪を掴んだ。
「離せ!離せ!」
頭をボカボカ殴られる。
「こら、やめなさい。」
しまいには、俺の手に噛みつきやがった。
「いてー!」
変な力が体に入った瞬間、足がつった。
しまった。準備体操しとけばよかった。
そうすれば、足もつらなかったし、何より、このガキに会わずにすんだのに。
うまく泳げずに焦っていると、後ろから声が聞こえた。
「チャンミン!大丈夫か?」
大丈夫じゃなーい!この状況みればわかるだろう!と言いたいが、そんなことを言う余地はない。
バタバタしてるうちに何度も浮き沈み、海水を飲んだ。
ようやく、ユノがかけつけ、俺の体を支えた。
「あばれないで。落ち着いて。」
「う、うん。」
「お兄ちゃん、助けちゃ、だめだよ。その人悪い人だよ。」
ガキが声をかけてきた。
いや、ちょっと、待て。
なんで、俺がおじちゃんで、二歳上のユノがお兄ちゃんなんだ?
「違うよ。このお兄さんはチャンミンといって、悪い人なんかじゃないよ。
早く、ママがいるとこに戻ろうね。」
「悪い人じゃないの?」
「そうだよ。」
「そうか。泳ぎも下手だから、違うね。」
おまえの悪い人の基準はどんなじゃい!
「おじちゃん、ここに掴まりな。」と、浮き輪を叩いた。
「いや、いい。」
「遠慮するなって。」
そのガキは、浮き輪をはずすと、俺に渡した。
「もしかして、泳げるの?」
「うん。スイミングスクールの選手コースで習ってるもん。でも、ママが海では危ないから浮き輪つけなさいって。」
そう言うと、すいすい岸に向かって泳いでいった。
「ややこしいことを….…。」
情けないことに浮き輪にのり、ユノに岸まで運ばれる。
「足つったの?」
「う、うん。」
「準備体操しなきゃだめっていったでしょう。」
「はい。」
岸に近づくと、あのガキがまたやってきた。
今度は母親連れだ。
「うちの子がご迷惑おかけしませんでしたか?」
「いえいえ。」
「違うよ、ママ!僕がこの人を助けたんだ。」
次からは、絶対に準備体操しようと心に決めた日だった。