前回に続き糖質制限ダイエットの危険性と効果についてです。

まず、わかりやすい例をあげてみます。

たとえば、それぞれ300キロカロリーちょっとの菓子パン(惣菜パンも)とクリスマスに食べるようなローストチキンがあるとします。

菓子パンは、3つくらいすぐに食べることができてしまうでしょう。
そして、それでもまだ物足りないと感じてしまうかもしれません。

ところが、ローストチキンを食べるとどうでしょうか?
1本食べ終わって、さらに2本目、3本目と食べ進めてしまうでしょうか?

まあふつうは1本食べたら、ローストチキンはもう十分となりますよね。
あと何か他の食べ物でも食べられたら、十分に満足となるでしょう。

糖質制限ダイエットというのは、カロリー無視でたくさん食べてもやせられるというわけではなく、糖質制限ダイエットをすると、結果的にカロリー制限ダイエットになるというのが実際のところなのです。

数字で考えてもわかるでしょう。
現代の日本人のふつうの食事だと、全体のカロリーのうち約60%が糖質からとなっています。
(食べ過ぎて太っている人は、さらに糖質の割合が高い人も多いでしょう。)

糖質制限ダイエットをして、その糖質を摂取しないとなると、それ以外の食べ物を2倍食べたとしても、それまでの食事の80%のカロリーしか摂取していないということになるのですから、むしろやせるのは当然と言えます。

菓子パンとローストチキンの比較でもわかるように、同じカロリーでも満足度が高くなるので、なるべく低カロリー高たんぱくの食事を目指しましょうというのは、ダイエットの基本原則であって、何も驚くような話ではありません。

糖質=炭水化物はおいしいうえに安くて手軽なので、ついついたくさん食べ過ぎにつながる食べ物なので、気をつけてなるべく控えめにしましょうというのは、そのとおりでしょう。

ただし、禁止されたりしたら、「制限されると余計に欲しくなる」という人間の心理が強烈に働くことになるので、よほど特別な状況で無い限り、糖質は食べてはいけないというような「禁止」は避けるべきです。
(ローストチキンも、甘い調味料が使われているからおいしいわけで、本格的に糖質制限ダイエットをするならば、あのおいしい味付けはNGになります。)


テレビや雑誌などで糖質制限食を取り上げるときに、医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に2008年に掲載された研究がよく紹介されています。

その研究の内容は、中度肥満の被験者322名を3つの食事群に分けて減量の効果を追跡調査するというものです。3つの食事群とは、低脂肪食群、地中海食群(鳥、魚、野菜、果物、ナッツ類、オリーブオイルなどを使った地中海地方の伝統的な家庭料理で、「スローフード」というものの元にもなっているようです。)、そして低炭水化物食群(アトキンス式、糖質制限食群)です。

2年間の追跡調査の結果、平均して、低脂肪食群は-2.9kg、地中海食群は-4.4kg、低炭水化物食群は-4.7kgで、低炭水化物食群(糖質制限食群)が最もダイエット効果が高かったという研究です。

地中海式と低炭水化物ダイエットに光明
http://life-support.cocolog-nifty.com/lifelonglifelog/cat22230456/index.html

この研究からもわかるように、糖質制限ダイエットの効果は非常に高くて、理想的なダイエット方法であると言えるということだそうです。

テレビや雑誌ではこれで終わっているのですが、このあとのさらなる追跡調査の結果はどうなったか知っていますか?

そこからさらに4年間続けて、合計6年間の追跡調査の結果が2012年に発表されました。

それによると、6年後の結果は、低脂肪食群は-0.6kg、地中海食群は-3.1 kg、 低炭水化物食群は-1.7 kgとなり、2年後のデータから比べると、低脂肪食群も2.3kgとかなりのリバウンドですが、低炭水化物食群は3.0kgと最大のリバウンドが生じたのでした。

低炭水化物ダイエット(糖質制限ダイエット)の特徴は、短期間で大幅にやせられるけれど、長期的に続けるのは難しくて、非常にリバウンドしやすいダイエットであるというのが一般的な感覚としてありますが、追跡調査による研究からも実際にそうであることがうかがえます。脱落率も低炭水化物食群が最も高くなっていました。

DIRECT研究:低炭水化物食vsバランスのとれたダイエット食vs低脂肪食
http://kaigyoi.blogspot.jp/2012/10/direct.html

実際の論文(英文)
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc1204792


ネット上でも、糖質制限ダイエットは何もかもいいことだらけで素晴らしいと主張している人たちは、2年後データのところだけ強調して取り上げて、6年後のデータは無視していて、これは知っているのに意図的に無視しているのか、かなりおかしいと感じます。

そして、特に注目すべき点だと感じたのが、開始2年後の低炭水化物食群の男女別のデータです。
低炭水化物食群において、男性は-4.9kgと大幅に減量に成功したのに対して、女性は-2.4kgしか減っていませんでした。

いろいろな実験からも低炭水化物ダイエットは女性には特に苦しく感じるダイエットであるということがわかっていることは前回の記事でも書いたとおりです。
そして、内臓脂肪が多い男性には効果があらわれやすいけれど、皮下脂肪が多い女性には効果があらわれにくいと一般的に言われることが多いのですが、この実験結果からも、どちらかというと男性向きで、女性にはあまり向いているとは言いにくそうです。


おやじダイエット関連の本もそうだし、ネット上で糖質制限ダイエットでうまくいったと言っている人もそうなのですが、この糖質制限ダイエットがうまくいく人の共通の特徴があります。

それは、ほとんどの人が相当なお酒好きだということです。

男性に多いのですが、ごはん類はいらないけれど、お酒だけは欠かせないという人が、必ず一定の割合でいるものです。酒の肴をつまみながら、お酒を飲むのが何よりの楽しみで、ごはんや甘いものはほとんど欲しがりません。
そういう人にとっては、カロリー制限+飲酒禁止という通常の糖尿病の食事療法はとても耐え難いものであって、お酒を飲んでもいいという糖質制限食はまさに夢のような食事法と感じられるのでしょう。

「酒飲みダイエット」とも言われるように、そういう人には何の苦も無くなのかもしれません。
だから糖質制限ダイエットは何の苦も無くやせられると言うのですが、そういう人がお酒禁止と言われたら、好きなものを制限されることことのハードルの高さが実感できるのではないかと思います。
それぞれの制限がどれくらい苦しいと感じるかは、人によってまったく違うのです。


糖質制限食に関する本をたくさん出されている栄養士の大柳珠美さんも、糖質制限を続けていくうえでのつらさについてブログで正直に書かれています。
http://lowcarbkitchen.blog.fc2.com/blog-entry-62.html

糖尿病の予後が悪くて、失明、足の切断、人工透析などが現実的な問題と感じる人にとっては、糖質を制限することのつらさの方が軽いのだろうと思います。しかし、ただダイエットをしてやせたいという人にとっては、糖質制限ダイエットは続けるのが非常に難しいダイエット方法になるでしょう。


糖質制限ダイエットの危険性として、次のような問題点も知っておく必要があります。

まだはっきりしたことはわからないのですが、筋肉量がかなり減少してしまう(やせにくく太りやすい体になってしまうということ)のではないか、耐糖能(糖質を体内で処理する能力)が著しく減少してしまうのではないかといったかなり心配な問題があります。

実際、糖質制限を続けていくと、体内環境も大幅に変わって、炭水化物を摂取するだけで、ひどい下痢になったり、動悸が起きたり、のぼせたり、気分が悪くなったりというふうに体調が悪くなることが多いようです。
「このことからも糖質が毒であることがよくわかる」ということらしいのですが、それまで処理できていたのに、炭水化物を食べたくらいでこのような異変が起きてしまうなんて、問題はないのでしょうか。

また、糖尿病になるのが心配で糖質制限を続けていたところに、糖尿病検査のための糖負荷試験というものを受けると、それまでの数値よりも極端に血糖値がはね上がったという報告がたくさん見かけられます。


さらに根本的な糖質制限ダイエットの危険性として、死亡率が上がるのではないかという問題点があります。
先月に発表された研究によると、炭水化物の摂取割合が低い人は、摂取割合が高い人と比べて、死亡率が1.3倍であったということです。

『ご飯やパンなどの炭水化物の摂取が、長期にわたって少ない人は、多い人よりも死亡率が高まる可能性があるとする調査結果を、厚生労働省の研究班がまとめ、科学誌プロスワンに発表した。

 炭水化物の摂取を極力控えるダイエット法に一石を投じる成果として注目される。

 国立国際医療研究センターの能登洋・糖尿病代謝内分泌科医長らが、米国と欧州で、70代~30代の男女20万人以上を26~5年にわたり追跡した住民健康調査などのデータを解析した。その結果、総摂取カロリーに炭水化物が占める割合が40%以下と、低い人の死亡率は、炭水化物の摂取割合が高い人(同60%以上)の1・3倍だった。

 炭水化物を抑えた食事は、短期的には血糖値が下がり、コレステロールの値が改善するなど、心疾患のリスクを下げるとの報告がある。ところが、今回の解析では、長期間の低炭水化物食が、心疾患のリスクを下げる傾向は見られなかった。能登医長は「低炭水化物食は短期的には減量などに効果があっても、長年続けることには慎重になった方が良い」と指摘する。
(2013年1月30日 読売新聞)』

http://www.yomiuri.co.jp/otona/news/20130130-OYT8T00411.htm

ゲームクリエイターの飯野賢治さんが2月20日に亡くなられました。
炭水化物制限ダイエット(糖質制限ダイエット)で大幅にやせられたのですが、高血圧性心不全になってしまったということです。
いろいろな才能にあふれて、まさにマルチメディアクリエイターであったうえに、正直な思いを語る熱い人で好きだったのですが、とても残念です。

「Dの食卓」飯野賢治さんを襲った“高血圧性心不全”の恐怖
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20130222/enn1302221142007-n1.htm


糖質制限ダイエット関連の本や糖質悪玉論の本がたくさん出版され、ネット上でも、糖質制限ダイエットは本当に素晴らしいという情報がたくさん見られます。(なぜ、極端なほど素晴らしいと主張したくなるのかについての本当の理由など、機会があったら、詳しく語りたいと思っています。)
そのため、ダイエットの相談をされる方も「やっぱり糖質はとらないほうがいいのでしょうか?」というふうに今までの食事に不安を感じている方がすごく増えています。

だから、そんなふうに不安を感じないで欲しいし、おいしいものを食べることに罪悪感をおぼえたりしないで欲しいと強く思っています。

「糖質を食べているからやせられないんだ。」、「誘惑に負けて糖質を食べている自分が悪いんだ。」というふうに、くれぐれも自分を責めないでください。

そんな罪悪感を植えつけてくるような情報に流されないようにしてください。


もう少し語りたいことがあるのですが、またかなり長くなってしまったので、次に分けます。

人類が糖質を摂取するようになったのはわずかここ1万年のことであって、これまで700万年にわたって糖質を摂取せずに生きてきたのだから、糖質制限食は人類本来の健康食であるという説について(これについてどう思われますか?)や、遺伝、進化についてのちょっと驚くような話をしたいと思っています。あと、イヌイットの生活についての話も。

P.S.
何かを悪者にするとインパクトがあって魅力を感じてしまうものだし、それがいつも慣れ親しんだものだと、余計に気になるものだと思います。

それにしても、ストイックなものに魅力を感じる人も多いものなのですね。
なんだか、ダイエットは苦しいものであるべきだ、ある程度苦しくないと頑張っているという充実感が得られないということみたいです。
頑張っているということ自体に満足感をおぼえるという人も少なくないということなのでしょうね。