子供のいない人は

今を創っている気がする


男の子を育てるのは

ちょっと先の未来を創っている気がする


女の子を育てるのは

更に先の未来を創っている気がする


子供にどんな思想を伝えるか?

それは

未来に何を残していくか?

ということだろうか


人が人を食らう世界があった

人が人を殺める世界がある

人が人を害う世界がある


生きていることを放棄したくなるほど

過酷な現実は世界にまだいくらでもある


そこから目を背けなくては

平安なんて維持出来ないんだけど


その現状を自分の力ではどうにも出来ない被害者達に

私がしてあげられることって何だろう?


そう考えたとき

悪を憎むこと

悪の鎖に巻かれた存在を

一緒に呪ってあげることぐらいしかないのかと?


呪いの言葉が

書きあぐねられた聖典と呼ばれるものを読むたび

そんな言葉を読み上げるたび

神さまに対する不信感と向き合いながら

考えたんだ


もし私の身に

こんなことが起こったら・・・?

もし私の周りで

こんな恐ろしい状況が続いたら・・・?


それはさ

子供をさらって売ってしまう大人が今もこの世界にいるとか

人を廃人にしてしまう薬を売って利益を得る人がいるとか

幼子を無常にも 性の道具にする大人がいるとか

劣化ウラン弾が投げ込まれて子供の顔がみるみる変形するのを

悲しみながら見つめる母親の思いだったり

過失がなくても辛いことっていっぱいあるのに

それを平気で行う人がいる

そういう人と背中合わせに生きているのに

どうにも出来ない自分の弱さ


それだけじゃない

まだまだあるよ

自然を

生態系を乱すような

そんな生き方しか出来ない自分だってさ

やっぱり

未来人からみたら

かなりの犯罪者でしょ?


だからって電気や車に依存した生活

今更放り出せない私がいるんだよ


だからさ

神さま ごめんなさい って

謝りながら暮らすことぐらいしか出来ない


罪のない人っているかな?

誰の世話にもならない人っているかな?


そう考えると

祈りの仕方

罪との向き合い方

それ以前に

鬱陶しいんだけど罪の概念が存在するのは

やっぱり幸せなことなのかもしれない


はきだめに生まれても

聖人として生きるなんて

そう簡単にはいかないだろうけど

少しでも真っ当な生き方が出来るように努めること位なら

私にも出来るだろうか


世界ははきだめか?

そんな場所もあるだろうし

そうじゃない場所もあるだろう


自分ははきだめから逃げ出したいか?

どこに行けば?

いえ

ここを

まずは私の心の中の汚れを吐き出し

家庭の中を少しでも浄め

自分の交友関係を浄化させ・・・


でも

時々泥臭いものを食らいたくなるのは

やっぱりはきだめからの成り上がりだからだろうか?


せめて子供たちには

気高く生きて欲しいんだけどね

出来る範囲で構わないから・・・



この先の未来に光はあるのか?

子供たちが良心を磨いて

そこで窮せず生きられるのか?


いいよ、ね?

駄目だったら来世があるから・・・


私には

子供のために未来を変えてやれる程の器はないって

自分を変えることは出来ても

人を無理やり変えたら

歪が出る

やっぱり自分の意思で自分で選択しないとさ

強制してもいいことなんてない

ってことはさ

そういう未来がきますように って

祈りながら生きていくしか

なんか他に方法あるんだろうか?