130504 ファンボツイ・FB更新 TODAY HISTORY | サンチュカップルに夢中1号店(私たち本当に結婚しました)

サンチュカップルに夢中1号店(私たち本当に結婚しました)

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解説1
http://heartland.geocities.jp/sfddrcc/1corinthians.html

『主にあってむだでない』
◆コリント人への手紙第一15章57~58節   
しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。

 クリスチャンライフとは既に勝利が確定したストーリーです。キリストの十字架で私の罪は赦されました。信仰によって神に義と認められました。すでに永遠のいのちが与えられています。私は神の子供になりました。死んで終わりではなく天の故郷・神のおられるところに行くのです。そして、これらの祝福は絶対に奪われることがありません。神が、ご自身の真実にかけてそれを保証してくださったのです。十字架の愛がその証拠です。だから、人生の勝利のゴールは確定しているのです。じゃあ、勝利が確定していて、祝福を失わないなら、何したっていいじゃないか。それこそ罪を助長することにはならないか。この教えは人間を怠惰にさせるのではないだろうか。そういった反論が返ってきそうです。しかし、それは知らないから言うのです。経験していないからわからないのです。現に、キリストにある勝利を確信していたパウロもペテロもヨハネも、みな罪を悔い改め、勤勉に生き、神を愛し隣人を愛することに生涯をささげました。それは何故なのか?答えは単純です。彼らは神の愛に出会ってしまったからです。信じるだけで、罪を赦し恵みを注いでくださった神の御人格(御神格と言ったほうがいいか)に出会っちゃったのです。それだけでなく、神に選ばれ、神の器として用いられはじめたのです。彼らには生きがいが与えられました。神の愛に出会い、使命を与えられた彼らには、神を無視して好き放題に生きることなど考えられませんでした。むしろ、神に応えたいという愛の行動が生まれたのです。そんなわけで、みなさん。神の愛を信じているならば!あなたの労苦は、主にあってむだではありません。必ず益となり、神の報いがあり、ついには勝利のゴールに至るのです。

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気になったので、拡大してみた。