ドアを開ける。


そこは、非日常。


二人だけの世界。




ホテルの部屋に入ると、蓮の携帯が無機質な機械音を発した。


ごめん。と、キョーコに言いおいてから着信に表示された名前を確認する。

(このタイミングで社長か・・・。)


ふたりきりの部屋では素には戻りたくはなかったのに。

お互いが、そう思っていたが、社長の電話にはやはり出なければいけないだろうと、蓮はボタンを押した。


「はい。」


『おお、蓮か。』

いつも通り何気ない口調で会話が始まる。

ただの近況伺いのようだった。


蓮がキョーコに目線と、口パクでかけてきた相手を伝えると、彼女はひとつうなづき、荷物の整理を始める。


蓮が、大丈夫ですよ。と伝える声を聞いて、キョーコはふっと微笑む。


蓮の闇は、たぶん、まだ、あの心の中に巣食っている。

そんな簡単に消えてなくなりはしないだろう。

そんなお気軽なものじゃなかった。


けれど、あのひとは負けない。


時折浮かべるしなやかな笑顔がそう物語っている。


(わたしは、少しは”お守り"になれたのかしら。)


社長から与えられた任務を果たせたのかしら。キョーコがひとり考え事をしながら、買ってきた食材を冷蔵庫に入れていると、先輩俳優の慌てたような「えっ・・・!」という叫び声が聞こえてきた。


何事かと見やると、件の先輩も端正な顔をこちらに向けており。


信じられないことにわずかに頬を染めていた。


まるで、乙女のように恥らう表情は以前にも見覚えがある。

声だけは冷静に律儀に否定の返事をつむいでいるが、表情はまるっと裏切っていて。


キョーコは、素で、心臓の跳ねる音を聞いた。



一方、蓮のほうはというと、さりげなく社長に言われた言葉でありえないくらい動揺していた。

ただの近況伺いで、大方、ミス・ウッズから何か聞いて、それでかけてきたのだろうと思っていた。


あの追い詰められていた夜の、蓮の普段とは違う様子が社長に報告されないはずがないからだ。


正直、まったく余裕がなかったことは認めざるを得ない。


悪いことをした。


そうミス・ウッズにも伝えるつもりだった。


「大丈夫ですよ。」

強がりでなくそういえたのは、社長がつけてくれたお守りの彼女のおかげだった。

そうしてキョーコの後ろ姿をみつめる。



しかし、蓮が口を開こうとしたその時、かぶせるようにやけにニヤニヤした声が彼の耳元をかすめた。

「そうそう。お前にひとつ言っておかなきゃなぁって思ってよ。」


社長の声が、やたらうれしそうにきこえて、彼は悪い予感がして通話を切りたくなったが、相手は社長だ。そして恩人でもある。かろうじて残っている理性でそれを押しとどめた。


「・・・クラクションが鳴ってよかったよなぁ。感謝しろよぉ。蓮。」


「えっ・・!」

一気に顔が赤くなるが、そこは俳優としての意地だ。あくまでも声だけは冷静さを保った。

「何のことかわかりませんよ。社長。」


キョーコと目が合い、狼狽はますます激しさを増した。


まさか見られていたとはおもわず、激しく動揺する。

「ほう・・・。まあいい。・・・なんかあったら、相談に乗ってやるからな?」


それから少し会話を続けたあと、通話を終えた蓮は自分の無様さにがっくりうなだれた。


キョーコはそんな蓮の姿に、社長に遊ばれたあとの自分の姿を重ねていた。


微妙な空気が流れる。




それでも、さっきのあの危うい空気よりましなことを蓮は感じていた。


さっきのままで、ふたりきりだったら、きっとなにか越えてはいけない線を越えていたかもしれない。


(いまはだめだ。)


この関係を動かすのは、まだだめだと本能がつたえる。


(逃がすつもりはもうないけどね。)




全力で手に入れる。その覚悟はできた。


たとえばスキャンダルになるなら、あの社長に何とかしてもらおう。


俺で遊ぶ気満々だから、ちょうどいいだろう。そう心の中でつぶやくと蓮は、キョーコをもう一度見つめなおす。

最後の社長の言葉を反芻した。


どんな意味にも取れるせりふだ。けれど、今の蓮には、エールにしか思えなかった。



「なぁ。後悔するなよ。蓮。」



(・・・しませんよ。もう二度と。)


失って、はじめてその重さに気が付くようなことは二度としたくはない。

彼女をほかの誰かにかっさらわれるような間抜けなまねもごめんだ。


彼女が、蓮を選んでくれる確証はない。

けれど、選んでくれるよう努力することはできる。


蓮には自覚があった。


彼女なしの人生はきっとひかりを失った世界のようだ。


そんな人生はきっと味気ない。


そうなる前に、きっと彼女をつかまえる。






さっきからキョーコの跳ねた心臓はなかなかもとに戻らない。


蓮の思いがけない表情を見つけるたびいつもこんなに心が掻き乱される。


(ずるいです・・・。)

若干の恨み節をこめて、蓮の綺麗な顔を横目で盗み見る。


どんな表情も絵になってしまうなんて、本当にずるい。


見つめられると、自分が彼にとって特別だと錯覚してしまいそうになるし。


さっきまで、彼女のそれと絡められていた長い指は、いまは携帯を握り締めている。


(社長さんに何、言われたんだろう。)




気になるけど、それは、蓮のプライベートだ。


いま、物理的にはキョーコは蓮の一番近くにいる。


けれど。


今は大切な人は作れないと言った蓮が、もしたいせつなひとを作ったらどうしよう。

そこまで考えて、キョーコは凍りついた。


(いやだ。きがつきたくない・・・。)


あの指が、ほかの女の人に触れる。だなんて。



(だめよ・・・。)


きっと・・。


そんなことになったら・・・。



―――私以外に触れるだなんて。


いや・・・。



キョーコは、ついにもう、自分が手遅れであることを認めた。

もう、どうしようもなく引き返せない崖から、転落の一途をたどっていることを。








ペタしてね




えっと、見切り発車なので何話になるか見当付きませんwwwなにせ、自分の妄想を文章にするのは初めてで、勝手がわかりません。おかしなところがあれば、ご指摘ください。


でも着地地点はハッピーエンドです。それだけは決めてます。


そしてクラクションは社長の仕業です。