蓮はハザードを出し車を路肩に止めると、隣の栗色の髪をした、いとしい少女を見やる。
事務所で偶然一緒になった彼女を下宿先まで送ってきたのだ。
これは、ウエディングプランの撮影の数日前の話である。
最近の彼女はテレビでの露出も増え、充実していそうだった。
これまで、何度も彼女には自分の想いを伝える機会はあった。
けれど、いざとなると、かわされたり、邪魔が入ったり、勇気が出なくてごまかしてしまったりで何も変わってなかった。
ただの先輩と後輩。
じつは、蓮には女性に告白した経験がない。
だから・・・というわけではないが、どんどん育つ感情は膨れ上がりすぎて、どうしてもうまく言葉にできなかった。
彼女を泣かせたくないあまり、行動にも移せない。
18歳を迎えて、ますます綺麗になる彼女を一刻も早く捕まえたいのに。
胸のうちの焦燥は、破裂しそうに彼のその身を焼く。
そんな彼に、今回のウエディングプランの仕事を持ってきたマネージャーの社は、いつもどおり「がんばれよ。」としか言わなかった。
かちゃっと車のドアが開く音がして、蓮はしばしの物思いから我に返る。
「・・・まって、最上さん。」
去ろうとしていたその小さな右手をとらえ、蓮は彼女を引き止めた。
「敦賀さん?」
そういって首をかしげるしぐさに無意識の色香が漂う。
そんな彼女にどれだけ見とれただろう。
たぶん、そんなことは思いもよらないんだろうな。そう、軽い自嘲をこめた笑みを蓮は口の端にのせる。
・・・もしもこのまま、腕を引いて抱き寄せたら、どんな反応をするんだろう・・・。
だが、実行にはうつせず、ドアを再び閉じて向き直った彼女に彼が告げたのは違うことだった。
「こんどのCFの仕事、相手役、おれだから。・・・がんばろうね・・・?」
当たり障りのないこんな台詞ひとつ言うのに、どれだけの努力が必要か彼女にはわからないだろう。
しかし、蓮の台詞に固まった彼女を見て、面白くなかったのも事実だ。
心の奥では、固まった彼女もかわいいと矛盾したことも考えていたが。
「聞いてなかったの?」
「・・・はっはい・・・。」
うなづいたキョーコはいまだ固まっている。
(ひどいな・・・そんなに固まらなくても・・・。)
「・・いやなのか?」
とたんに大慌てで否定するキョーコにおかしさがこみ上げる。
本当に変わらないこの距離を壊せる日は来るのだろうか。
蓮はそっとため息をついた。
車のウインドウ越しに下宿先へと向かうキョーコの後姿を見送る。
(・・・振り向いて・・・くれ・・・。)
二重の意味をこめて、彼は願う。
願うことがただの先輩である彼に許されている唯一のことだった。
その、華奢な背中に何度願いをこめたか。
(おれにふりむいて・・・・。)
ゆっくりと遠くなる背中を見守りながら、小さくつぶやいた五文字の台詞は誰にも届かず、そっと夜の空に消えた。
彼女が、家に入る前に蓮の方をむいて、小さく手を振った。
それに答えるように自分も手を振ると彼女が玄関を閉めるのを見て、車を発進させる。
玄関に入った彼女が、そっと振った右手を抱きしめながら、彼のことを想う心を抑えているとは夢にも思わずに・・・。
おわり。
つまりは結局ヘタレだという話www