3日前から、蓮は、少し元気がなかった。

担当俳優の体調管理もマネージャーの仕事だと自負しているおれは、それとなく水を向けてみる。


よっぽど参ってたのか、珍しく、答えが返ってきた。

こいつは、いつもなら、ぜったい鉄壁の笑顔で悩みなんかないフリをするタイプなので珍しい。


「国際電話って、料金て高いんですか?」


うん。常日頃からおまえのセレブ発言はなれてるけど。

ちょっと、ときどき一般常識に対する認識に不安がよぎるぞ。



10代後半からトップ俳優を続けているとはいえ、こいつは、絶対生まれつきいいとこのボンボンだったに違いない。


「高いだろうな。」おれは肩をすくめて答えた。


これは、たぶん、あの、しっかりものの想い人に電話をかけすぎて怒られたんだろうな。



蓮が、半年ちょい前に渡米を決意して、こっちに拠点を移す決意をしたときは驚いたが、だいじな弟分だ。

毒食らわば皿までと蓮に付いてきた。


”彼女”のことは、あまり口にしないので、こちらもあえて聞かないようにしていたが、ときどき遠い目をしているところを見かける。


大事なオーデションのまえには、試合前のサッカー選手のように左胸に手を当てている光景をよく見かけるようにもなった。


日本にいるときは、そんな癖はなかったと断言できる。


まぁ、十中八九彼女絡みなのは間違いない。

なにしろ、渡米の日、前日から携帯にはかけても出なかったし、翌日は本当にギリギリでやってきた上、顔は浮腫んで、何のために空港の近くに泊まったのかわからないくらい明らかな寝不足顔だった。


フライトの間中、しょっちゅう左胸を気にしていたしな。



何があったかは、気になったけど、蓮のプライベートだし、マネージャーだからといってなんでも把握しておかなければならないわけでもない。


おれだって、秘密のひとつやふたつあるし。


少なくとも、彼女との仲がものすごく進展したわけでもなさそうだ。


「Eメールとかにしたらどうだ?」


まぁ、彼女はPCなんて持ってないだろうけど、誰に電話しているとかの固有名詞が出ない以上は、ちょっとくらいいじわるしても許されるだろう。


「メールなら、時差を気にすることもないだろう?」

電話する時間とかをメールで送ればすれ違いも防げる。



どうも意地悪しきれないのは、性分らしい。

少し浮上した顔を見て、手がかかる奴だと苦笑した。


だが、なぜかどこからか絵葉書などを買ってきた蓮は、撮影の合間にペンを持ったまま固まっている。


ちょっと覗き込むと、おとぎ話のお城のような綺麗な写真を使った絵葉書で、誰に送りたいのか一目瞭然なのに、どうやらまだアドレスしか書けていない様だ。


あ、イニシャルも書いてあるか・・・。


だから、無駄に色気のあるため息とかつくなよ。

また、ふらふらと女の子を引き寄せているじゃないか。


共演中の女優に迫られて、この間も辟易してたくせに。



にっこり笑顔でばっさり切っていたけど。




おれは、女性に囲まれ始めた担当俳優にちかづくと、その絵葉書を渡すようにいった。


「もう、撮影開始だし、預かっとくから安心しろ。」


何らかの手違いで、だしちゃう予定だけどな。そのまま。


無駄に色気を振りまかれると、面倒ごとが増えるんだ。ここは何しろ肉食の国なんだから。



その後、手違いで、そのはがきを書類やら何やらと一緒にだしてしまったと平謝りのおれに、蓮はあっさり許しをくれる。


数日したら蓮のPC宛に彼女からメールが来たようで、顔には出さないようにしていたようだが、オーラがピンク色で幸せそうなのは、さすがに付き合いが長いおれにはわかった。



本当に世話が焼ける。



日本に帰ったら、全力で彼女を捕まえるサポートをしてやるよ。

だから、安心して、ここで戦ってこい。


お前が納得できるまでとことん付きあってやるから。



ただ、あんまり時間かかると、彼女が悪い虫にさらわれるかもしれないけどな。




                                   





                                                     おしまい。







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