その時間、TVを見ていた男は軽く舌打ちをした。

座っていたソファからのそりと立ち上がる。



画面には落ち着いたたたずまいで受け答えをする、幼馴染と、いけ好かない男が映っていた。


「おもしろくねぇな・・・。」



男はおもむろに出かける準備を始めた。







「えー、では、おふたりの馴れ初めを教えていただけますか?」

席から立ち上がり、その質問を投げかけた女性記者がきらきらとした目でボイスレコーダーを片手に彼ら二人を見つめる。


「馴れ初め・・・ですか?」

蓮の声が笑みを含む。


目配せしあうふたりを大量のフラッシュが包んだ。




「最初の出会いは、彼女が事務所にオーディションを受けにきた時かな?」

「そうですね。敦賀さんの姿はよくTVでお見かけしてましたが。」


「ではそのときから、惹かれていたという・・・?」


思わず苦笑したふたりに記者の言葉が途切れる。


そして返された否定の言葉。

「わたし、はっきり言えば嫌いでした。」

「おれも、初対面から気に入らなかった。」


出会った当時はそれをお互い隠しもしなかった。


それなのに、なぜ、こんな風に惹かれあい、恋を育んだのか。それを聞かねばと、記者たちがいきり立つ。


「お互いの第一印象はよくなかったということですか?」




こんどは、肯定の返事がふたりから異口同音に発せられる。

最悪だった出会い。

あのころはお互いを避けようとしていたのに、考えてみれば不思議だ。


いつごろから惹かれあったのかという質問に、いつの間にか。としか答えられなくて、苦笑は更に深まる。


「おれは、彼女の何事にも懸命なところに徐々に気が付いて・・・いつの間にか坂道を転がるように彼女に惹かれていった・・・って感じか・・・な?」


「わたしは、彼の仕事への真摯な姿勢に、本当に気が付いたら、あこがれてて・・・この人に並び立ちたいと思いました。・・・きっかけというとそんな感じです。」



お互いに向ける穏やかな微笑がふたりの心境を表していた。



記者たちの、正式なお付き合いはいつからという質問には、蓮がそれは秘密にさせてほしいと魅力的なウインクつきで頼む。



「・・・ひとついえるのは、片思いの期間は、年単位の長さだったということだけですね。・・・これ以上は敦賀蓮としての沽券にかかわる気がしますので内緒にさせていただきます。」




フラッシュと共に笑いが起きる。




「えっと、昨日の映画記者発表の場で、おふたりの交際が明らかになりましたが、ヘタをすると映画自体がかすみそうでしたが、それについてどう思われますか?」


こういった質問に対して、きちんと答えなければ、即マイナスイメージにつながりかねない。

蓮は、長年の勘と経験を生かして瞬時に笑みの種類を変える。


「・・・じつは、空港から直行したんですよ。」

照れたような笑み。

そんな蓮の表情に前に座っている女性記者数人がぽうっと顔を赤らめる。





「一刻もはやく彼女に逢いたかったのもあって。えっと、・・・みなさん、うちの事務所の社長方針は御存知だと思います。」

何人かがうなづく。

「じつは、社長が後押ししてくれたんですよ・・・。あんなすばらしい”愛”を描いた映画の発表の場こそ、お前らの”愛”の発表にもふさわしいと。」


たぶんこの場の記者の大半が、宝田社長なら言いかねないと首を縦に振っている。

業界ではその変人ぶりは有名だった。

むしろ、よくこれだけの騒ぎで収まったと、集まった報道陣のなかには若干胸をなでおろしていたものも多かった。


”あの人”が出てきたらもっと派手になってたに違いない。


それこそ、すべての人間の脳裏から映画の発表などあっという間に銀河系のかなたに消し去ってしまうであろうインパクトの持ち主だ。




「では、ご結婚の日取りなどはお決まりでしょうか・・・?」

ここは話題を変えなければ。と、思ったかどうかは定かではないが、質問は次の項目に移った。



「まだ、はっきりとは決めてません。」

蓮の声が穏やかに会場内に響く。

「もちろん、共に生きていくと決めていますので、はっきりしたことが決まり次第、皆さんにお伝えします。」




ふたりの、飛び切りの笑顔と、たくさんのフラッシュが彼らの会見を締めくくった。









廊下に出て、一仕事終えた安堵感に、キョーコは息をついた。


ちょうどあと1週間ほど、はずせないお仕事以外は休養もかねて、と、マネージャーが仕事をセーブしていた理由が”敦賀蓮の帰国”にないと思うほど、鈍くはない。



きっと、あの社長の陰謀。


(うれしい陰謀ではあるけど・・・。)


隣を歩く長身のあごのライン辺りを横目に見る。


それがわずかに硬くなったので、キョーコは彼が見つめるあたりに視線をさまよわせた。

「あ!」


そこに立っていたのは、クー・ヒズリ。

その瞬間まで、彼女は実感の沸かなかった、蓮の本名の意味を痛切に理解した。



よう、とばかりに片手を挙げるしぐさや表情。

特に表情がよく似ている。

これが血縁でなくて、なんだろう。

初めてあったころに、クーの表情が誰かに似ていると感じたことを思い出した。



本当に演技のプロなのだ。

あの時、彼らは初対面だとキョーコは本気で思っていた。







「お久しぶりです。」

蓮が、親しい笑みを浮かべ手を差し出した。

クーと握手をし、そのままハグをする。


キョーコも、同じように挨拶する。

異常に照れくさいが、もしかしてあのニュースを見てすぐに飛んできたのだろうか。


そう、問うとあっさり肯定の返事が返ってきた。




「今日は妻も連れてきたんだ。」

背後にたたずむプラチナブロンドの、美しい妖精を紹介され、キョーコは一気にメルヘンの世界に旅立った。




雑誌やテレビをみて、思い描いていた妖精の女王より、実物は数倍美しい。


その女王様は、蓮とハグした後キョーコに向き直りにっこりと笑顔を浮かべた。



そのまま、キョーコの顎が、綺麗な指先に捕らえられ、唇をチュッとついばまれる。


キョーコは一瞬何が起こったかわからず、クーは額を押さえ、蓮は自分の恋人を腕に非難させた。




「あら、けちね。」

「ロシア式の挨拶は、日本ではちょっと強烈なのでやめていただいてよろしいですか。」


キョーコは彫像のようになっている。


女性に唇を奪われた経験のないキョーコが自分を取り戻すのにかなりの時間がかかったのは仕方のないことだろう。





「さて、ここだとちょっと目立つな・・・。ボスの家に行こうか。」

クーが、促した。






別々に移動しながら、クーは自分の愛する妻をみつめた。

「さっきのあれは・・・嫌がらせかい?きみらしくないね?」



その妻は、車の窓の外を憂い顔で眺めている。



「わたしと、彼女は初対面よ。そして、愛する息子を奪っていく女性。・・・気に入ると思う?」


しかし、妻の性格を知っている男は、そんな言葉に眉をあげただけで何も言わなかった。



「いじわるね・・・そんな妻を叱るのが夫の役目でしょう?」

「そして君に口を聞いてもらえなくなるのかい?それは嫌だな。死んでしまいそうだ。」


妻の手をとり、そこにやさしくキスを落としながらそっとこちらに顔を向けさせる。

「今日は、もう、君と結婚できて幸せだって伝えたかな?」

「言ったと思うわ。たぶん、3時間くらい前に・・・。でも、何度聞いてもいい言葉ね・・・。」






「・・・だいじょうぶ?」

蓮は運転しながら、助手席で、いまだ赤い顔でパタパタと顔を仰いでいるキョーコを気遣っていた。


「・・・びっくりしました・・・。」

いきなり同性の、しかも神々しいまでの美女に挨拶で唇に落とされたキスが、寿命を縮めた気がする。

そう告げると、蓮の顔が複雑そうな苦笑を浮かべた。

キョーコは首を傾げた。

「・・・そのうちなれますかねぇ?」


「・・・慣れなくていいから。」

ロシアでも、唇へのキスの挨拶は地域によって受け取り方が違うし、今ではあまり一般的ではない。


それより何より、恋人になったばかりの彼女が、自分以外にキスされて、面白いわけがない。

まさか、自分の母に嫉妬することになろうとは、蓮はまったく考えてもいなかった。



「―――。」
蓮が何かを言った気がしてキョーコは彼を振り仰いだ。

なんでもないといった横顔が少し赤みを増している。

「・・・敦賀さん?」

男は口を手で押さえたままだんまりを決め込んだ。

「・・・・・・・・・蓮さん?」

キョーコはいたずら心が芽生えてきて、唇の端がつりあがるのを自覚した。



「・・・クオンさん?」


かわいらしい声で、本名を呼ばれてしまった蓮は、白状しないとたぶん、このまま彼女に心臓を破壊されてしまうと思った。

名前を呼ばれるだけで、どうしていいかわからないくらいドキドキするなんて、思春期のときにもなかった感覚だ。


「・・・その唇も、君の全てにも触れていいのは・・・・おれだけだって言って・・・?」

視線を逸らしながら言ったため、その瞬間のキョーコの表情は見えなかった。


キョーコはその瞬間の表情を見られなくて、安堵した。

きっとあの信号より真っ赤だろう。

「あなたの唇も、そのすべてにも触れていいのは私だけだと誓ってくれるなら・・・。」



蓮の視線が、キョーコの唇をたどり、いま何がしたいかを正確に伝えてきた。




けれど、信号は無常にも青に変わり、キョーコは少しがっかりし、蓮はいままでより少しアクセルを踏み込んだ。







電源の切られている携帯に、何度もかけなおして、男は再度舌打ちした。

事務所が違うため、スケジュールも入手しづらい。



となると・・・。



男は、違う番号に電話をかけ始めた。








ペタしてね





んん?冒頭の伏線がまったく活かされてないwww

そして、たどり着く先が今回もノープラン・・・。神様が降りてこないかな・・・。