ある意味予想通りではあったが、次の週に発売された週刊誌には、”敦賀蓮と不破尚の知られざる友情”というタイトルが紙面を覆った。

実質そんなものがあるとも思えなかったが、尚は、大手事務所に所属していたことを今ほど感謝したことはない。
何しろ事務所談話で、敦賀蓮との友情秘話がまことしやかにつづられていたのだから。

あるはずのない事実無根なエピソード。
しかも彼らの結婚式に曲を捧げる約束をしたとのおまけつき。


今現在、捧げれるのは恨み節の演歌調しかないというのに、これは何の拷問かと思うが、自分でまいた種だ。

作るしかない。

幸せいっぱいな二人に送る曲を。


しかし。

今現在の心境を、カップリングにしてもいいだろう。
それぐらいの意趣返しは許されてしかるべきと、尚は開き直った。
珍しくジャケットのデザインも曲のタイトルもすぐに浮かんだ。

そうと決まれば。
尚は、早速あちこちに電話をかけ始めた。


話は少し前にさかのぼる。
幼馴染の爆弾的な告白は、しっかりダメージをキョーコに与えていた。
それに彼女は自分でも驚く。

「ねぇ、どう思う?モー子さぁん」
『モー子さーんじゃないわよ!もう!!』
自宅に帰ってから、思わず電話した親友に電話口でいきなり怒られて、キョーコはしゅんとした。
「なんか怒ってるの?」
『・・・相談してくれればよかったのに。』
さっきより穏やかな声が電話口に響いた。
『あんた、敦賀さんの話なんか、あの時から絶対にしなかったじゃない・・・。』
ごめんなさいと、キョーコはつぶやいた。
「あの人の話なんかしたら、心が折れるかもって思ってたの。・・・でもでも、モー子さんがいてくれたし!」
『そんなフォロー別にいいわよ。それよりあんたの騒ぎのもとの舞台挨拶のときのあれって、社長プロデュースって本当?』
「・・・違うわよ!あれは・・・その・・・ついうっかり・・・」
蓮の姿に、すべての理性が吹っ飛んだというか・・・ともじもじと答える。
演出なんて何もない。
ただ、そこにあったのは純粋に二人の想いだった。

目があったとたん、想いが溢れた。
彼の気持ちが、自分と違ったらどうしよう。
あの時彼から感じた、激しくも甘い感情がただの勘違いだったら?
彼がいない2年の間、自分を磨きながらもそんなことを考えなかったわけではない。

彼からの愛の言葉も何にもなかったし、彼女も何も言わなかったのだから。

けれど舞台の上にいたキョーコに差し出される彼の腕が、わずかに震えていたのを見た瞬間、その胸に飛び込む以外の選択肢は消えた。

彼にあったら、どんなふうに挨拶しようかさんざん考えていたというのに、言えたのはひどい顔での『お帰りなさい』だけ。

強く回された腕。
腕の中で聞いた、一気に彼から吐き出された呼吸の音に、彼の緊張度が現れていた。
そのあと、ほかの誰にも聞こえないように彼に囁かれた言葉は、一生忘れない。

あとから、社長は”俺にプロデュースさせろ!”とか言ってたらしいが、冗談ではない。
どんなことになるか、怖くて想像すらできない。
ふぅん。と、奏江からは気のない返事が返ってきた。

「でねでね・・・」
『ちゃんと聞いてたわよ。あんたのモテキ話。あんたは、で、どう思ったの?』

「・・・びっくりして・・・」
うん。と優しい相づちが返ってくる。
「・・・びっくりした・・・。」
『もー!日本語変よ、それ。』

がっくしと肩を落としたであろう電話口の気配に、けれど、その時の感情をうまく現せなくてキョーコは口ごもる。
かすかな優越感と、罪悪感と、なんだかよくわからないものが入り混じったぐちゃぐちゃな感情。

優越感なんて、でも、確かにこれはそうとしか呼べない。
もし、松太郎にほんとに好きな人ができたとして、その時に、胸が痛んだらどうしようと不安になった。
憎しみが薄れて、これは彼を好きだった時の、古い古い記憶の残滓なのだと言い聞かせても、自分は違う人を選んだというのに、ちくりと刺さる棘の様なこの感情を否定できずにいる。

自分が自分で怖かった。
自分は敦賀さんを選んだ。それは、全く後悔していない。
いないはず。
なのに・・・。

「・・・なんで、今更好きだなんて言うのよ・・・全然わかんないよう。モー子さぁん。」
『情けない声出すんじゃないわよ!まったく!』
ふぅ。と奏江がため息をつくのが電話越しに聞こえた。
あきれられたかな?と、キョーコが口をつぐんだ時、奏江の声が響いてきた。
『たぶん、意地ね。』
意地という単語に、脳内がクエスチョンだらけになる。
『ただであんたをあの男にくれてやらないよってやつじゃない?こっそり秘めとけばいいのに、わざわざ言うってことは。』
あんたを悩ませるためのガキっぽい嫌がらせね。奏江はそう締めくくった。
「・・・いやがらせ・・・。」
『そ。ま、あんたが揺れてくれたらいいってくらいじゃない?』

奏江は、彼女の幼馴染の男に心の中で毒づいた。
憎しみに支配されるほど、過去に本気で心から想っていた相手に、好きだと言われたら、揺れない女はいないだろう。
男と女の間は、決して理屈では説明できないものだということは、演技のために人間観察を長い間続けていて、なんとなくわかっていた。

たとえ、一時、どんなに感情が揺れたとしても、最後は絶対にキョーコは一途に今の想いを貫く。
それだけは確信が持てる。
あの幼馴染もそれはわかっているのだろう。

言わなきゃ、彼女への感情をいつまでも引きずるっていう気持ちもわからないではない。
諦める手段としては、どうかとは思う。
とても迷惑なやり方だけれど、せめて最後に伝えたいという気持ちは、理解できる。
一途なキョーコだから、きっとこんな風に迷って、それでもきっと後戻りなんかしないってわかっているから。

『だから告ったんだと思うわよ。そいつの言う通り、嫌がらせって意味で。』
もしかしたら、あの日、敦賀蓮が現れなければ、時機を見て言うはずだったのかもしれない。
あくまで推測だが。

「・・・あたし、悪女の役とかできそうかも…。」
『はあああああ?!何よいきなり?』
急にそんなことを言い出した親友に奏江の声が裏返る。
「今まで、いじめ役とか、ピュアな役とかやってきたけど、なんか、悪女の思考回路ってこうなのかもとか思って。」
この優越感やなんかでぐちゃぐちゃな、今のこの感情を育てたら、つかめる気がする。
だから、キョーコはその感情を大事に心の中へしまった。
いつか、演技の糧とするために。

『あんたも、相変わらず演技ばかね?今、それ、演技の糧になるとかおもったんでしょ。』
何でもお見通しの親友の言葉に、照れ笑いを浮かべて、彼女とその親友は何時もどおりたわいない話を続けた。


しばらく休みは休みだったが、どうしても調整できなかった収録があり、キョーコはテレビ局へと入った。
タイミングがいいのか悪いのか。
喉が渇いたため、なんとなく飲み物が欲しくなり、マネージャーが買ってくるというのを制して自分で自販機の場所に向かった。
自販機の周辺にはいくつかのソファや椅子が配置され、ちょっとしたくつろぎスペースとなっている。
そこには、いま注目され始めた女優やモデルたちが数人集っているのがみえた。

盛り上がっているようだったため、一瞬立ち止まる。
「あの、京子ってさぁ!」
そして、つい耳にしてしまった自分の名前に耳をそばだてる。
「なんなわけ?対して可愛くないじゃん!」
「やめなよ。局で。今日来てるらしいじゃん。」
「べつにいいよ。聞かれても。」
「完璧、不釣合い。」
「だよね。」

ああ、なんかついに聞いちゃった。
というのが、キョーコの感想だった。
今更の陰口には慣れている。
そしてなんとなく懐かしさを覚えてしまい立ち去る機会を逸した。

陰口をたたかれない人間などいないし、なぜだか思い出すのもしゃくな幼馴染のせいでそっち方面のメンタルも鍛えられた。

私は私。それ以外には成れないし、成る気もない。
むしろ、こんな感じで陰口や悪口をたたかれることすら、演技の糧としてきたのだ。
ささやかな胸のことをまな板と言われた時はさすがにちょっぴり傷ついたが。

「蓮も、あんな女のどこがいいんだろ!やっぱり体かな?」
「やっぱりテクがすごいんじゃね?」
「テクだったら、あたしだって負けないんだけど。誘惑してみようかな。」

(・・・すごい会話・・・このお嬢様たちは、いったいどんな風に育ったのかしら。)
むしろ、興味を惹かれてしまい、悪趣味とは思いながらもついつい会話を盗み聞きしてしまっていた。

「顔で言ったら、晴夏のほうが上だよねぇ。」
うんうん。そうそう。そんな適当な相槌が交わされる。
「そだよ、晴夏だったら行けんじゃね?今度、蓮と同じスタジオで収録だって言ってたじゃん!」
晴夏と呼ばれた女性は、今売り出し中のモデルのようだった。
確かに、あまり化粧をしている風ではないが、整った顔立ちをしている。
そんなことないよ。と謙遜しているように見えて、かすかに漂う優越感。

2年半前にやった”ナツ”に雰囲気が似ていた。
髪は長いストレートで、細い足を華奢なヒールが彩っている。

確かにこんな女性のほうが『敦賀蓮』には似合っているのかもしれない。


でも。
心の中で否定の声が上がる。

(私を選んでくれた。)
愛されていることに自信があるのか・・・。
自分のどこを探しても、そんな自信は見当たらないけれど。

(なんでへいき、なんだろ・・・。)

きっと、2年前だったら、そんな風に思えなかった。
ふさわしくないと、落ち込んでいただろう。
今だって自信たっぷりなわけじゃないけれど、信じないのはきっと最大の裏切りだ。
指輪をはめてくれたあと、真っ赤な顔をしていた彼には・・・彼女は似合わない気がする。

(飲み物は、別のところで買うか・・・。今でてったらどんな反応するのか見てみたいけど。)
キョーコはそーっと立ち去ると楽屋に戻った。

きっとこれからも。
こんな風にやっかまれたり、悪口を言われたりするんだろう。

(・・・ひとっつも持ってなかったんだよな、そういえば、昔は。)
幼いころは愛と呼べるものは、請うても与えられなかった。


愛されたいと願って願って、差し伸べた手は空回りばかり。


一度、その愛されたい気持ちは葬られた。
松太郎に捨てられたと思った、その時に。

必死に枯らした、その心の奥にあったあまやかに湧き出る泉をよみがえらせたのは、心に暗い闇を背負った人だった。


彼の隣に居たい。
並んで立ち、同じほうを見ていたい。
同じ未来を見ていたい。


願うのはそれだけ。


あの俳優に並び立つのは、並大抵の努力では無理だ。
必死にならなければ置いていかれるだけだ。


だからささいな悪口などに傷つく暇なんてない。

そしてきっと、彼も。
誘惑してみようかな・・・なんて言っているくらいの志の女にはきっと目も向けない。


彼にふさわしくあること。
それはある意味、とても挑戦しがいのある目標だった。

あんな風に、綺麗な人にたいする嫉妬の感情は、もちろんゼロではないけれど。
・・・それは、やっぱり恋だから。

でも、そんなのより何よりも追いつけない悔しさのほうが強い。

(・・・よし!お仕事がんばろう!)
キョーコは、鏡の前で笑顔を作った。
それは華やかな、見るものをハッとさせるものだったが、当の本人は気が付くことはなく、静かに準備を終えた。









☆久々のmotherland続編です。
なかなか納得いく形にならなくて、今まで温めていましたが、せっかく書いたのだから世に出して見ようかな・・・と。

多分まだ続きます。お待ちいただけるのなら、気長にお願いいたしますm(_ _ )m←ダメじゃんw