ちょっといつもとはと視点を変えてみました。

モー子さんが主役です。



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奏江は、待ち時間の間楽屋でおいてあった雑誌をパラパラめくっていた。
たまたま、事務所の先輩俳優”敦賀蓮”のインタビューが掲載されていたため、なんとなく読みふける。
(私もいつか、こんな風に特集で掲載されるかもしれないし。・・・それに・・・。)
初めてできた親友の顔が頭をよぎる。

これはあくまでも勘だが、その親友のことを、たぶん、あの先輩は”特別扱い”している。

と、思う。

なにか決定的なことがあったわけではない。
だが、親友の話によく出る”敦賀さん”は、先輩俳優に抱いていたイメージや業界の噂話とは少し印象が違っている。

少なくとも、だれかさんにしたように、誕生日に、意味深に”真紅のバラ”を配り歩く人間ではない。

広く浅く、深入りさせず、深入りせず、柔らかでそつのない物腰で、誰も寄せ付けないことを気が付かせない。そんなイメージだ。


けれど、かの親友に対してだけは、本気で怒って見せたりして、どうやらプライベートでも近しい場所にいるらしい。
同じ事務所で、同じ時期に入った同期の、しかも、同じセクションの自分には(興味もなかったが)一切接点もなく、話をしたこともほとんどないというのに。



親友は親友で、バレンタインに何かをあげて(チョコではなかったのはわかっている。)見舞われた過度な礼にも、過剰に反応してはいても、拒否反応はなかったらしいし、恋愛とまではいかなくても、何らかのそんな感情はあるのだろうという予測は当たっているはずだ。



親友は気が付いていないようだが、”敦賀さん”のことを、己がどれだけ奏江との会話で持ち出しているか。
TV画面に、彼が登場すると、むだに見入っていたりする。

奏江は、本人にそれを指摘しようかとも思ったが、やめた。
あの、闇の気配全開で、全力で否定するだけなのはわかっていたから。

(こうやって読んでいても、インタビューに対してはほんと、そつのない答え方をするわね。この人。)
意図的な誘導尋問には、うまくはぐらかしつつ無難に回答している。
(プライベートに切り込む!とかってあるけど、切り込めてないし。)
それはインタビュアーの技量不足か、敦賀蓮の資質か。

(やっぱりトップ俳優ともなると、下手なことも言えないわよね。)
そんな技術も身に着けなければいけないなと、雑誌をめくる。

(・・・あら?)
珍しく、固有名詞を出しているのが、お気に入りの曲は?とかいうどうでもいい質問だった。

はやりの人気アイドルグループとかバンドとかを適当に答えるのがベストなのか、しかし、万が一にも出ることになるかもしれないバラエティー番組などで、変にいじられてもいやだし・・・と、ちょうど、そんなどうでもいい質問への傾向と対策になやんでいた奏江は、その部分を真剣に読みだす。

”今一番、お気に入りの曲とかありますか?”
お気に入り・・・というか、古い歌なんですけど、幼いころに聞いた曲で、今聞いてみると、なんか、ああ、いいなぁって思った曲ならありますね。意味が分かったというか・・・。
”曲名を教えてもらってもいいですか・・・?”
『Through the fire』という曲です。古いのでご存じないかもしれませんが。


(ああ、古い洋楽って手もあるのね。)
ふーん。と感心しながら読み進める。
(受け答えの勉強になるわね。さすがっていえばいいのかしら。)
本当にそつのない、かつ、イメージも壊さない完璧さだ。

ふと、どんな曲なのか気になった。

実際は、あまりのそつのなさに、いっそむかついてきたので、なんかアラ捜ししたくなったというのが正解だが。


携帯で検索をかける。

視聴すると、女性ボーカルの力強い声が空間を裂くように響いてきた。




(・・・うっわ・・・。これって・・・。)
ヒアリングに自信はなかったが、どう聞いてもラブソングだ。

しかも情熱的な。

”炎を潜り抜けて”なんて。
・・・きっとそれは、恋の炎。

『一緒にいられるなら、すべてのリスクすら愛しい。』なんて。


隙というか、なんとなくダダ漏れ感を感じるのは、内情をわずかながら知る立場にいるからだろうか。

(これって、あの子のことだって思っていいのかしら。)
推測でしかないが、あながち間違いではなさそうだ。

(というか、そうとしか思えなくなってきた。・・・記者もそこつっこむべきでしょ!)

あなたと共にいられるならば、炎のなか、潜り抜けてもいいなんて。

そんな、熱を・・・。
(温厚な。とか言われてる男が、こんなわかりやすい意思表示してるのよ!)
親友の顔が、脳裏を再びよぎる。


他人の恋路に、興味なんてない。
けれど、それが親友なら事情は違う。


何かが・・・それは運命と言い換えてもいいのかもしれないが、動き始めている予感がする。
たかが雑誌のインタビューを読んだくらいで、深読みしすぎだろうか。


そう考えていたとき、楽屋にノックの音が響いた。
まだ、予定の時間には早いはずだと思いながらも、返事をする。

ひょっこり顔を出したのは、飛鷹だった。

奏江とは一度共演してから、はじめのうちはいい印象ではなかったが、ある事件を経てからは(おこがましくも)懐かれている気がしていた。
先輩俳優でもあり、キャリアは彼のほうが上だから不遜かもしれないが。

「よう。奏江。久しぶり」

奏江は立ち上がった。
彼の身長は彼女の胸あたりまでしかないため、見下ろす形となる。

「おはようございます。」
「通りかかったから、寄ってみた・・・何見てたんだ?敦賀蓮?」

飛鷹が軽く眉間にしわを寄せながら、テーブルの上の雑誌を覗き込む。
「インタビューの受け答えに参考になりそうだったから。」
「ふーん。事務所の先輩だっけ?・・・スルーザファイア・・・?」

さっさと、奏江の座っていた椅子の隣に陣取りその記事を読みだす。
「・・・これかぁ、松田の言ってたの。あいつ、どうやらこいつのファンらしくてよ。」
「そうなの?」
彼のマネージャーの話題に、奏江も椅子に座り、一緒に雑誌を覗き込む。
「普段洋楽とか興味なさそうなのに、急に着メロ替えたから問い詰めたんだ。」

「あいつ、ミーハーだからな。・・・っつうか、お前もファンなの?」
頬杖をつきつつ、何気なく発せられた問いに、奏江はつい「別に。」と、本音を晒してしまった。
「俳優としては、尊敬するけど。」

彼に恋をする役をやれと言われたらやるが、今は無性に、蹴落とす役がやりたい。

「これは、意外性狙ってるのか?普段のイメージからいったら、クラッシックとか言っておいたほうが無難そうにおもえるけど。情熱的なラブソングなんて選びそうにないよな。」

そのギャップが素敵だと、自分のマネージャーが騒いでいたのを思い出して少年はそれを苦々しげに口に出す。

「さぁ。・・・けど・・・。」
(アピール・・・とか・・・?ならあり、なのかしら。)
とても、静かな、届くかどうかもわからないアピール。


「For a chance at loving you I'd take it all the way」
「・・・”あなたを愛するチャンスがあるなら、すべて引き受ける”・・・?歌詞か?」
奏江が、つい、つぶやいた印象的なワンフレーズに飛鷹が目を向ける。

そこで、彼女の驚いた視線にぶつかり、戸惑った。
「英語得意なの?」
「いや、得意っていうか、俺が行ってるのインターナショナルスクールだし。」
奏江にそんな風に、妙に納得顔でうなずかれても、微妙に反応が返しづらい。
「なんだよ。」
「うん。すごいなって思ったから・・・わたし、暗記は得意だけど、どうしてもヒアリングとかが苦手なのよ。」
「ふーん。ま、そりゃ慣れだろ。慣れ。特訓してやってもいいけどな。今年の冬までくらいなら。」

期限を切られて、奏江は首をかしげた。
「なぜ冬?」
「12月中旬までかな。そっから先は準備とかで忙しくなるし。」

よいしょっと椅子から立ち上がって、少年は、きょとんとしているように見える奏江を尻目に伸びをした。
「おれ、しばらく留学すんの。」
「・・・そうなの?」

飛鷹は奏江の表情を読もうとした。
けれどそこには純粋な興味以外は浮かんでいない。
(わかっていたけどよ。)
ここで拗ねても、まだ子供だからと許されるだろう。

背伸びしても届かない距離は、背伸びしなければもっと開いているのだ。
自分はそれを知ってる。

「で、俳優業もしばらくお休みして学業に専念予定。」
「!!」
その発言に対しての彼女の顕著な反応が可笑しくて、飛鷹はにやりと笑う。
自分もたいがい演劇バカだと思っていたが、それに輪をかけているようだ。

「しばらく、自分磨きをする時間をもらったってやつ。」

”子役”は大成しないといわれている。
不幸な結末を迎えるものも多い。

子役のイメージを払しょくするのは並大抵ではないからだ。

成長するにつれ、理解した現実は、決して生易しいものではなかった。

ガキのくせにと言われるかもしれないが、このままじゃいられないという焦燥感ばかりが募っていく。

そんな時、最近関節がやたらに痛むことに気が付いてかかった医者で”それは成長痛”だと言われて心が決まった。
親の七光りなんかが通じない場所で、一から始める。
自分を作っていく。

ちょうど、海外への移住を検討していたが、息子のことを考えて二の足を踏んでいた両親は、そんな息子の覚悟を聞いて、移住を決意した。

留学先では、芸能活動はしない。
普通の少年たちがするようなことをして、アルバイトとかもするつもりだ。

それに、今のままでは、奏江に恋愛対象になんてとてもじゃないが見てもらえないだろう。

そんな動機は不純かもしれない。

けれど。
いつまでもただの便利な虫除けになんて立場に甘んじていたくない。

いい男になって帰ってきてやる。

ちらりと、彼女の手元の雑誌に目をやる。
今の自分では子供すぎるが、きっと3年後は"敦賀蓮”なんか目じゃないくらいいい男になる。

飛鷹はぐっとこぶしを握った。


一方、奏江は一抹のさみしさを感じていた。
どこか吹っ切れたような飛鷹の顔を見ながら親友の顔を思い浮かべる。

恋なんかしないと叫んでいたというのに、あの子の視線の先には、いつの間にか"敦賀蓮”がいるようになった。

このままではいられないのだ。
誰しもが。

それを実感として、急に感じた。

自分は、演技だけして生きていきたいと思っている。
お芝居の中だけで生きていけたら、それでいいと。

けれど、最近、それだけじゃダメなのではないかと思い始めているのも事実だ。

変わり始めた周囲に、焦りが生じる。
変わらないものなんてないはずなのに、なぜか今のままが続くと思い込んでいたのだ。
情けない気持ちになる。

(こんなんじゃ、飛鷹君にも嗤われる。)

しょうもないが、彼に嗤われるのだけは我慢できない。


(変なプライドってやつかしら…。)
この焦燥感と、やるせなさには覚えがある。
そう。それはまるで・・・

(嫉妬?)


変わることを選択した彼らに、自分は嫉妬している。
奏江は急に自覚した感情を冷静に分析しはじめた。

『お芝居を通じて自分を作っていくの。』そう笑った親友の言葉を思い出した。


自分を磨くため。子役のイメージを払しょくするために、この目まぐるしく人気が変動する芸能界をあえて3年も休業すると決めた少年に、いまの自分が胸を張れるだろうか。

貧乏くさいイメージを避けて、役を選んでいる自分が愚かに見えた。
(やってみよう・・・精一杯。)

社長から渡された仕事だが、あまりやる気もなかったあの、泥臭い役を。

情熱的に、人を好きになるなんて、そんなこと想像でもできなかったけれど。

かの先輩俳優の、ひそやかに見せた情熱を手掛かりに、自分なりの役を作っていこう。


自然にそう思えた。


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大好きな曲を聞いてて思い浮かんだ小話。

だいぶ前に書きあげたのを思い出してアップします。