うっかり・・・・w

いろいろな心優しい方が応援してくれるおかげで何とか続けられております。
感謝 m(u_u)m
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レンは当初の言葉よりさらに厳しい教師だった。

キョーコの腕力が剣の重さに負けていると見るや、ゆっくりと正確に剣を振るう動きを繰り返させる。

素早く動かすほうが楽だなんて、キョーコは思ったこともなかった。
ゆっくり剣をふるうのは、それはもう拷問に近い。

剣の重さをコントロールしろと盛んに言われるが、全く理解の範疇外だ。
一度”そんなこと言われてもわかりません!”と反抗したら、わかるまで振るえと、さらにノルマが厳しくなったため、黙って言うことを聞くほうが得だと痛切に感じそれからはおとなしくしている。


だが、最近発見したことがある。
通常の訓練が楽にこなせるようになってきているのだ。
ともすれば余裕まで出てきている。

キョーコはそれがうれしくて、ますます稽古にのめりこんでいった。

レンは、キョーコの上達ぶりに目を見張りながら、教えることの楽しみを見出していた。
週に2度の訓練の休みの日が、物足りなく感じるくらいだ。
その休みは、明日。
レンは休日だというのに、主によって王宮に呼びつけられている。

たぶん、この子の報告を聞きたいんだろうと一端手を止めて額の汗を拭いている少女を盗み見た。
少女の訓練状況に、なぜかかの王は興味を示しているのだ。
そして報告をレンから聞きたがる。
一国の君主が、暇なはずはないが、なぜか執務の息抜き代わりにされているようでレンは小さく嘆息した。


翌日。
訓練が休みなため、朝から自主練習を終えたキョーコはその足で町に出てきていた。
もしかしたら、上官の訓練が見られるかもと思いながら行った宿舎の訓練場にはその姿はなかった。どうやら彼は不在のようで、すこしがっかりしたのだ。

がっかりした気持ちを抑えながら、何ともなしに町のにぎやかなほうへと歩く。
露店を冷やかしたり、騎士見習いとしてわずかにもらえる小遣いでちょっとした小物や甘いものを買うのは休日のちょっとした楽しみでもある。
付き添いもなく、女一人でふらふらしていても、騎士見習いの象徴である剣を腰に帯びている限り、評判も何も気にしなくていいのがありがたかった。


基本的に育ちのいい家の女性は一人で外出は許されていない。
その中にも例外はあり、騎士見習いや騎士もその一つであった。


露店を冷やかしながら、キョーコはかわいい小物や綺麗な菓子などを見つけるたびに、目をキラキラさせる。

ある装飾品を扱う露店に、黒い宝石を扱ったのブローチがあり、キョーコは何となしに興味を惹かれ手に取った。
シンプルだが優雅な細工はとても美しい。

なぜか気になって手に取ってみると、それはひやりと滑らかで、硬質な光を帯びていた。
(・・・あのひと、みたい・・・。)
ふと、上官の面影が胸をよぎる。
彼は、厳しい稽古の最中に、時折褒めてくれることもあるが、その時の笑顔はとても柔らかで少し甘さを含んでいるように見える。
それはまるで甘い毒みたいに彼女の中に染み込むのだ。

気が付けば、向けられた笑みがうれしくてたまらない自分がいる。



「お嬢ちゃん、気に入ったのかい?それなら500ガルだよ。」
「いっいえ!」
店主に声をかけられてキョーコは慌てて品を置いた。
500ガルなんて、彼女には大金だ。
それに、キョーコの好みの宝石は、ピンクとか水色とか、かわいらしいものだ。
普段の好みと全く違うものが、つい目に留まったのは気の迷いだと心の中で断言する。

これ以上店主に勧められないように、キョーコはその露店を離れた。

ふと頭をよぎった上官の面影を、思い切り首を振ってふり払う。
が、それはなかなか消えてくれなかった。

厄介な棘みたいに、抜けそうにない。
(だめだめ!考えないの!)

物思いにふけりながらひたすら進んでいたせいで、あたりを見渡すと露店街の端にまで来ていた。
そこから先はあまり治安のよくない裏通りにつながっていると、最初の日に教えられていたため引き返そうとした時だった。

(!!)
何か悲鳴のような音が聞こえた。
振り返った途端、それは女性の悲鳴だとわかり、キョーコは駆け出す。

そのまま、声を頼りに一気に暗く薄汚れた路地裏を駆ける。
(みつけた!)
3人の大男が、暴れる何かにのしかかっている。
(女の子!)
一瞬で状況を見て取ると、キョーコは走りながら剣を抜いた。

「やめなさい!その子を離しなさい!」
男のうちの一人が、キョーコを見やり、にやにやと獣じみた笑みを浮かべる。
「なんだと思ったら、女かよ?」
「騎士さまかぁ、怖い怖い。」
下卑た笑みが男たちを彩る。

キョーコを次の獲物と見定めたのは表情からも明らかだった。
「順番を待ってもらおうか騎士さま?ちゃんと可愛がってあげるからさぁ!」

侮辱にキョーコはほほを朱に染めた。
「ふざけてないで、その子を離して!」

言うが早いか、手前の男に切りかかる。

その剣は、男の脇腹を掠り、軽い怪我を負わせたが、ほかの二人はそれをみてひるむどころか、かえって激高した。
「てめぇ!!」
残りの二人が腰に帯びていた剣を抜く。

キョーコは初めて人に切りつけたことで、半ばパニックを起こしていた。
脇腹から血を流している男に、その原因である傷を負わせたのは自分だ。

恐怖におびえた少女の、引き裂かれた服が、キョーコの怒りに火をつけていなかったらとっくにへたり込んでいただろう。
「逃げて。・・・早く!」
少女に向かって叫ぶと、自分の中のなけなしの勇気を振り絞り、キョーコは剣を構えなおした。

キョーコの声に、我に返ったように少女が逃げ出す。

男たちは、ほっとしたことに少女の後は追わなかった。
かわりに、飛び込んできた違う獲物を舌なめずりしながら眺めまわす。
「まあ、俺たちの暇つぶしにはなるだろう?なぁ?」
「女の騎士さまだ。一皮むけばすげえかもしれねぇ。」

キョーコは深呼吸した。
恐怖におびえているとばれたら、ただ嬲られるのだろうということは予想が付いた。
「待てよ。処女だったら高く売れるぜ?」
「しかも騎士さまとくりゃ、結構な値がつくだろうよ。」
傷をつけられた男は、若干不満そうに鼻を鳴らした。
「商品にすんなら、あまり傷がつけれねぇじゃん。」

キョーコは、柄を握り直し正眼に構えた。
勝てないかもしれない。
どこかで隙を見て逃げなければ。
すくむ足を叱咤する。

この状況は自分が蒔いた種だ。
過去がフラッシュバックする。

こんな時に誰も助けてなんてくれない。
幼いころからいつもそうだった。
すがっても、泣きわめいても、いつも見捨てられる運命。
信じたものには、いつも裏切られる。

だったら。





・・・戦う。
心を決めたキョーコは彼らに切りかかっていった。

例えば、これが試合であればかなりの線まで行っただろう。
しかし、相手は3人のごろつきだ。
ルールやセオリーなど通じない力任せの卑怯な剣に、圧倒的不利は変わらず、キョーコはじりじりと押された。

相手は軽く振っているようなのに、まともに剣で受けると両手がジンジンとしびれる。
「くっ!」
3対1では、抜け出す隙など見つからない。

自分が疲れ切るころを見計らっていることはわかっていた。
のらりくらりと弄んでいるようだった一人の男の剣が、立て続けにキョーコを打ち据える。
当たったら確実に一巻の終わりなため、彼女はそれをただ受けるしかない。

甲高い金属音が響いた。
キョーコは自分の剣が弾き飛ばされ、地面に落ちるのを視界の端にとらえる。

ピタリと首筋に冷たい刃の感触が下卑た嘲笑とともに当てられた。
キョーコはこれから起こるであろう惨劇に、固く目をつぶった。