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・・・20話ですって!Σ(゚д゚;)どどどうしよう・・・。自分でもびっくりだ。
それもこれも、読んでくださる心優しきレディの方々のおかげでございます。
果たして何話まで続くのか・・・これからも、お付き合いよろしくお願いします。

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コップの水をすべて与え終わって、そのあとレンの唇から垂れたしずくを指でぬぐった。
嚥下した喉の動きを追う。

羞恥より安堵のほうが強くて、キョーコは小さく息を吐いた。

レンのベッドに腰を下ろし、震える指を伸ばす。
そっと、無精ひげの生えたほほを撫でた。
すこしやつれたようで、その顎の線はすこし細くなっていた。
「なんでこんなに無理をしたんですか・・・?」
答えはない。
「・・・・・・ウソツキ。」
ちいさくこぼした言葉が、ろうそくに照らされただけの部屋に消える。

任務に赴く隊を見送った時、レンは馬上から無事帰ってくるよと笑った。
なのに、いま、こうして高熱にあえいでいる。

「無事、に、帰ってくるって言ったじゃないですか・・・。」

そうだ。
わたしは、責めたかった。
こんな風に。

キョーコは、嫌に熱っぽいレンの首筋を濡れた布で拭いた。
何度も何度も拭いた。
熱がむしばむ彼の体を何とか冷やしたかった。

「・・・こんなんじゃ文句も言えないじゃないですか。だから、元気になってもらわないと困るんです」

手に持った布は、レンの熱を吸い取ってすぐにぬるくなる。
キョーコは意を決して、彼のシャツをめくり、レンの胸元や腹部もぬぐった。
首元や額だけでは効果が薄い気がしたのだ。
さすがにお腹から下は羞恥が勝ってそっとしておいたが、胸やお腹だけでもと濡れた布で何度も拭く。

苦しそうな息遣いを、少しでも楽にしたかった。
「・・・すこし楽になりましたか・・・?」
それとも自分がそう思いたいからそう見えているのか。
レンの呼吸が少し落ち着いたように見えた。
キョーコは手を止めて、レンの様子をじっと観察した。

先ほどと同じように、うっすらと開いた上官の目がキョーコを捉えた気がした。
けれどもそれは一瞬のことで、彼の意識はすぐに遠い彼方を彷徨いだす。

「レン様・・・。」
彼女はそっと額に張り付いた彼の髪を払った。
「・・・しなないで・・・」

レンのひび割れた唇があまりに痛々しくて、キョーコは祈る代わりにそれを癒すかのように羽のような口づけを落とした。




そこはひどく寒くて暗かった。
そう思ったとたん、ひどい熱さにあえぐ。

時間の感覚も場所の感覚もなかった。
足を切るといった、村の医者を剣で脅したことは鮮明に覚えている。
けれどそのあとの記憶はとぎれとぎれで夢なのか現実なのか、境界線があいまいだった。

ヤシロの心配そうな顔に、大丈夫だと返したが、それが本当なのかもわからない。
視界に入る不吉な酷く黒い雲と、子供の悲鳴もきこえた。
焦るのに体は一つも言うことを聞かない。


暗い部屋で、何かに足を切り刻まれていた。
止めろと言ったがその拷問は途切れることがなく続いた。
重い手足を何かがつかんでいた。
まるで地獄のような痛みだった。
血のような斑点が瞼の上を踊っていて、そこでふと白い光に包まれ、自分はそのまま死ぬのかと意識を手放した。


自分はこのまま死ぬんだと思った。
足が焼けるように痛い。
きっと、切られたのだろう。
けれど、もう死んでしまうのに、こんなに痛い思いなんかしたくなかった。
かすかに残る意識で医者に毒づく。


遠くから彼女の声が聞こえた気がした。
レンは霞む思考の隅で必死にそれを追いかけた。

やわらかい光が見えた。
必死にすがる。


なぜか、それが、唯一の希望に思えた。


その希望はすぐに離れて行く。
離したくなくて追いかけるのに、体は重く鉛のようで動かない。

そこで再び思考は闇に落ちる。

次の記憶はもう少し鮮明だった。
彼女が、覗き込んでいる。
ひんやりとした細い指が額に当てられる。
(・・・きもちいい・・・)

「レン様・・・?」
いぶかしげな声が聞こえる。
「・・・何か言ったような・・・?気が付かれたんですか、レン様?」
ああ、声に出てたのかと思った。
「気のせいだったのかしら。」
彼女の声が聞こえる。
何かを話しかけられていたが、答えようにも喉が何かに塞がれているかのようにかすれた息しかでなかった。

心地よいトーンの声を聴きながら、レンは忘却の世界へと身を投げ出した。
それからもたびたび意識が現実と夢を彷徨っていた。
その都度彼女の気配を感じる。

痛みは、遠いときもあれば、ひどく苛まれるときもあった。

何度目かに目覚めたときに、口腔内に流し込まれた水を感じて、自分はとてつもなく喉が乾いていたのだと知る。
ただもう必死で飲み込んだ。

あまりにカラカラだったせいで、飲みこむには痛みが伴ったが、生きるために必要なことだと体に命令し、すべて飲み下した。

生きる・・・。
レンは唐突に、自分がどれほど生を望んでいるのか痛感した。

こんなに強烈に生きたいと願っている。
死にたいと思っていたわけではないが、どこか冷めた目で自分を見ていたのは事実だ。
いざ、死を目の前にしても潔く受け入れると、そう思っていた。

彼にとって生きることは、贖罪でもあった。

それこそ『死が彼を許すまで』生き続けるのが、彼の義務だった。

そう誓わされたのだ。

『おまえは、生きなければならない。』
あの場面が鮮明に繰り返される。
『罪を償うというのなら、生きて足掻け。』
低い声が冷酷に告げる。
(あの時なんて答えたんだったか・・・)
”わたしは、生きていてはいけない人間なのです。”
確かそう答えたのだった。

『では、そいつは無駄死に、ということか。』
声の主は表情一つ変えなかった。
『お前が死ねばそういうことになる。』

突き付けられた現実は、情け容赦なく心を切り刻んだ。


あの後なんて言ったのはか覚えていないが、心のどこか一部は麻痺したようになっていたことはたしかだ。
それからは機械的に食べ物を咀嚼し、義務感だけで呼吸していた。

食事は楽しいものではなくなり、命をつなぐためのものでしかなくなった。
味は意味をなさなくなり、毒でなければ構わなくなった。

『どうですか?おいしいですか?』
ふと彼女の面影がよぎる。
これは、あの時だ。
彼女が下町で襲われたのを助けた後、お礼にと初めて食事を作ってもらったとき。
一口食べて、固まったレンに首をかしげる。

『・・・うまい・・・』
彼女がよかったぁとほほを緩めた。

実際、本当においしくて、食べすぎたぐらいだった。
おいしいと感じたのは何年振りか。
自分でもびっくりしたが、食べ終わった途端、彼女に、また作ってほしいと言ってしまっていた。

「早く元気になってください。そしたら、いっぱいおいしいもの作って嫌っていうほど食べてもらいますからね!」

怒っている声が、かわいい。
なんてことを言ったらますます怒るだろうか。
小さな顔を真っ赤にして。

手を伸ばしたら、逃げられるだろうか。


・・・生きてて・・・いいんだろうか・・・。
死が、この罪を許すまで。



きゅっと握られた指を、キョーコは凝視していた。
うなされているレンの言葉についつい答えてしまっていた。
よりにもよって『キョーコ・・・ごはんつくって・・・』だなんて言うから、丸々1分間固まってしまったあと、ではあったが。

そのあと、きっとこの人は熱で混乱したんだと言い聞かせる。その結果、もしかして熱が上がってしまったんだろうかと逆に心配になった。
思考回路が耐え切れずに、なるべく現実から遠ざかろうとしている自覚は彼女にはない。

(だだだ、だからこんなかおで、おおおかしなこというのかも・・・!そう!きっとそう!そうにちがいない!)
そして、自分の中でなんとか混乱に終止符を打った。
表情は氷のように固めたが、顔色だけはどうしようもなく真っ赤なまま。
誰も見ていないのが幸いだった。

「早く元気になってくださいね。いっぱいおいしいもの作りますから」などと言いながら熱を図ろうと額に指を乗せた。
その指を。

握られて、うがっと叫んだ。
色気のかけらもなかったが、混乱の名残を引きずった彼女には、そんな余裕はなかったのだ。
手を引こうとしたが、その瞬間、ひどく悲しそうな顔をされて思わず諦めていた。
(怪我で具合が悪いから・・・具合が悪いから、きっと人恋しいんだ・・・。)
自分が熱で寝込んだ時のことを思い出す。

心細くて・・・心細いのに。
誰もいなかった。
傍にいてくれる人なんて。

だから、いつもベッドの上で丸くなって我慢していた。
本当は手を握ってほしかった。
抱きしめてほしかった。
強がっていたけれど。
(・・・きっと、レン様も・・・)

こんなことくらいで、彼が安心して、よくなってくれるのなら。
レンの熱くほてった指を握り返して。
キョーコは神様に向けて何度目かの祈りをささげた。

外は、激しい嵐が吹きすさんでいたが、そこだけは時間が止まっているかのようにキョーコは感じていた。

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す、すすんでない・・・。
ちょっと、時系列が入り乱れて、わかりにくくなってしまったかもしれません。
申し訳ありません。