お待たせしました!パラレル続きです。
もう忘れられているかもしれない・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


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激しい嵐は周囲の音すらかき消し、この世に二人だけしか存在しないかのような空気を作る。

それで、というわけではないが、キョーコは抱き寄せられるままに、彼の鼓動を聞いていた。
その力強い鼓動は確かに彼が生きている証。

勿論最初は焦った。
逃げ出そうとして、相手は怪我で弱っているのだと思い直し、身動きができなくなった。
そのうち、彼の呼吸が穏やかに紡がれていくのを感じてキョーコはそれまで突っ張っていた体から力を抜いた。

こんな風に一つベッドの上で男と抱き合っていたら彼女の評判に傷がつくが、いま、ここにいるのは二人きり。
なら、もう少しこうしていたい。
キョーコは贅沢にもそう思う。

彼が生きている。
医師に確認しないとわからないが、確実に快方へ向かっている。

そう思ったとたん、全世界の神々に、異教の神にすら感謝を大声で叫びだしたくなった。

(まずいなぁ・・・こんなの。)
上官への尊敬だけでは説明できない強い衝動。


この衝動のみなもとが何なのか、わかる。

わかりたくなんかないけれど、わかる。

彼の鼓動が響く。
耳をただ傾けて、キョーコはそのままじっとしていた。



ヤシロが顔をのぞかせた。
「キョーコちゃん、ごめん!だいぶ寝入ってしまった。レンは?」
キョーコは固い椅子から立ち上がりながら、今の状態や、目を覚ましてスープを飲んだこともヤシロに報告する。
「多分、もう大丈夫だと思います。」
傷口をおおう布は、今は血もあまりにじまなくなった。
医師からは、傷に溜まる悪い血はすべて出さなければならないと厳命されている。
そのため、合間を見て何度か交換した。

「傷口も、悪くなっている気がしませんし、私ちょっと休んできますね。」
「ああ。空き部屋があるから自由に使って?」
キョーコが返事をしながら部屋を出ていく。

ヤシロはレンが目を開け、彼女の後姿を追っているのを見た。
幾分その視線に力があるなと思いながら彼女の座っていた椅子に腰掛ける。
「よかったよ、もうだめかと思ったからな。」
「ヤシロさん・・・すみません。ご心配をおかけしました。」

一瞬口ごもった彼の言葉に、もしかして俺だと不満か?という言葉をあえて飲み込んで、ヤシロはにやりとした。
病人をからかうのは趣味が悪いと思い直したのだ。
元気になったときの楽しみにするか、と考える。

「外はどうですか?」
その言葉にヤシロはざっとわかる範囲での状況を報告したが、その間気になることがあった。
レンは右腕をさすっている。
「どうした?右腕」
「ああ、いえ。少し変な寝方をしたようです。」
痺れているだけだとレンは答えた。
浮かべている微笑みが柔らかいことに気が付いているだろうか。これまで見たことのないくらいに。

十中八九彼女がらみに違いない。

レンの額にヤシロが手を当てる。
「まだ、寝とけ。熱があるだろう。」
いたわるように言って、笑む。

ずいぶん表情に人間味が出てきた。
それは悪いことではない。

なのになぜこんなにも不安になるのか。
(こんなだから、家族にも心配性って嗤われるんだな。おれ。)

いつになく素直に目を閉じたレンを見る。
初めて会ったときは、暗い焔の様だと思った。
少年から青年に差し掛かる寸前だというのに、ひどく老成した表情で、どんな生い立ちをしたらこんな風になるのかといぶかしんだ。
育ちはよさそうだったが、過去は口にしたことはない。
あえて尋ねたこともない。
素性を隠しているのは、ヤシロも同じだったからだ。
何か事情があるのだろう。そう納得していた。
誰の中にも触れられない傷口はある。

そのうちレンの中に見た暗い焔は、いつの間にかそつのない笑顔になった。
誰にも深入りしないし、させない。
そして戦いの場では、鬼神の様な動きを見せる。
男も女も魅了されるものは後を絶たなかったが、レンは常に同じ姿勢を崩さなかった。


変えたのは、彼女だ。

ウエディングドレスのまま駆け込んできた彼女に出会ってから、レンはずいぶん可愛くなった。
本人に自覚はないだろうが。

いや、あるのかもしれない。

(幸せに・・・なってほしいよなあ・・・)
ヤシロはそっと息を吐いた。



丸一昼夜吹き荒れた嵐が朝になって綺麗にやんだ。
王の使者が国内にそれぞれ派遣され、被害状況の調査をし始めた。

既にわかっていた災害とはいえ、被害はやはり甚大だった。
王国を縦横無尽に荒れ狂った嵐の気配は去り、いまは穏やかな天気だ。

朝一で診察にきた来たクロサキ医師は、傷口を見るとこのままで大丈夫だと太鼓判を押した。
体力を戻すことに専念すること、しばらく安静を保つことを言い置いて、帰っていく。

ヤシロはそんなクロサキを見送ると、じっとドアを見た。
「どうしたんです?」
身支度を整えながら、レンが聞いた。
「いや、キョーコちゃん来なかったなと思ってな。」
朝食の準備中の彼女に、クロサキが診察に来ていることをさりげなく言ったつもりだったが、うまく伝わらなかったかもしれない。

「え?彼女がなにか・・・?」
弾けるように顔を上げたレンの姿に、彼の感情が透けて見えて思わずニヤリとする。
「なんだ、レン。・・・おまえ、なんかしたんじゃないだろうな?熱で浮かされてついうっかり・・・とか。」
だから今朝顔を見せなかったのかもなぁと続ける。
からかっただけのそのセリフで固まった男に、焦ったヤシロは思わず問い詰めた。

「いえ、特に何もしていないですよ?」

ニッコリとした笑みの背後に冷気が漂って見えるのは気のせいだと思いたい。
「あ、それならいいんだけどな・・・。」そう言ってヤシロは目をそらせた。
触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものである。こんな表情の男をからかえるほど、神経は太くないのだ。

そのとき、軽いノックの音が聞こえた。

神の助けとばかりにヤシロがあからさまにほっとした顔で応対する。

ひょこりとドアから顔を出したのは、キョーコだった。
手にはナプキンの掛けられたトレイを持っている。
「あの、レン様の朝食をご用意しました。」
「ありがとう、キョーコちゃん!」
差し出されて、思わずヤシロはトレイを受け取る。
「あとはよろしくお願いします。ヤシロさん。」
ぺこりと下げられた頭に、ヤシロが引き留める言葉を探すうちに、キョーコは流れるような動作で顔を上げると「外はすごい惨状なので、片づけを手伝ってきますね。」と、するりと去っていく。


残された違和感。

(これは有罪確定!)
普段の彼女らしからぬ態度に、ヤシロは確信もあらわに振り向いた。
「るぅええええ~ん君・・・?」


キョーコは中庭の片づけを召し使いに混じってやり始めた。
考えると思考が、あの腕の中に戻る。

熱に浮かされただけの、彼にとっては意味なんかない抱擁だとわかっているのに。
彼の、普段より高い体温とか、回された腕の固さとか、男らしい香りとかが頭の中をぐるぐる回る。
あまつさえ、具合の悪い彼に起こされるまで彼の腕枕で眠り込むなんてどんな女だと思われているだろう。

病気で弱っている人間が、近くにいる人間にすがるのは自然だ。
たまたまキョーコが傍にいた。ただそれだけだろう。

”お守り”だなんてきっと誰でもよかったのだ。

(あーだめだめ!考えない!)
夢中で働いて、彼女は思考を追いだした。



「おい」
それは夕方に近くなっていた時間帯だった。
さすがにキョーコも疲労を覚え始めていたころ、男の声が彼女に向かって発せられた。
聞きなれた声に、一生懸命に動かしていた腕が止まる。
まさかと振り向くと、ショーが真後ろに立っていた。
思い切り眉間にしわを寄せる。
「なによ!なんか用?」
「・・・やる。」
放り投げられたのは、赤い林檎。
思わず受け取って、キョーコはまじまじと林檎を眺める。
「あんたがやるって・・・まさか毒入り!?」
「んなわけあるか!おとぎ話じゃあるまいし。相変わらず、すっ飛んだ答えだな!いいから食えよ。」
「いやよ!恐ろしい!」
恐ろしいって、いったい何だと思ってんだとかぶつぶつ言う男に元婚約者が眦を釣り上げた。

「あんたが、私になんかくれるって、また新たな天変地異でも起こすつもり!?」
「ちげーよ!ったく!そこで配ってたんだよ!ほかの奴らは休憩してるぜ?いいからお前も休め。」
「・・・あんたに指図されるいわれはないわね!」
しかし、確かに疲労しているのは事実で、キョーコは休憩するために、近くの芝生に座り込んだ。
そして恐る恐る林檎にかじりつく。
新鮮な果肉のさわやかな甘みが口いっぱいに広がる。
「・・・おいしい・・・。」
思わず出た本音に、ショーはホッと息を和ませた。
一心不乱に片づけている彼女の姿に、どこか違和感を感じて、思わず声をかけていたのだ。
親に押し付けられたとはいえ、もと婚約者。その前に、一緒に育った幼馴染だ。
気にならないわけがない。


婚約していたころは、もっと従順でおとなしく何でも言うことを聞く、つまらない女だった。
なのに、一年もたたないうちに、彼女は彼が知っていた少女ではなくなっていた。
どこか凛とした佇まい。

まぁ、もちろん前みたいにホエホエした笑顔で迎えられるとは思っていなかった。
手ひどい裏切りを、した、自覚はある。
だが、自分の知っているキョーコなら静かに泣き暮らしているか、おとなしく待っていると思っていた。
追ってきたうえに、同じ騎士をめざし見習いになり、目の前に現れるなんて思ってもみなかった。
剣をふるう姿はやけに様になっていたな、と思い出す。

ふと横を見ると気を抜いたのか、キョーコはぼんやりと林檎をかじっている。

一体なにがあったというのか。
この幼馴染のはずの少女は、いつの間にか知らない表情を浮かべている。
今だってそうだ。
ぼんやりと思考を彷徨わせている横顔はひどく遠い。
隣で見とれている男になんか気が付いていないかのようで。

(違う!見とれてないし!)

第2師団の宿舎のあたりにフラフラやってきたのもたまたまだし、彼女の好きな林檎を持っていたのもたまたまだ。
嵐の間、どうしているのかなんて考えてなかったし、心配なんてしていなかったが、とショーは独り言ちる。

チリっと胸の奥に痛みを感じた。
ショーはそれが何なのか、深く考えないことにした。


「・・・あ・・・。」
キョーコの視線が誰かを捉えた。

どうやら相手も彼女の姿を捉えたようで片手をあげ近づいてきた。
キョーコは立ち上がると綺麗なお辞儀をする。
「往診ですか?先生。」
「そういうあんたは片づけか。怪我すんなよ。今日はただでさえ忙しいんだ。」
「はい!勿論です!・・・あの、それで・・・。」
「ああ、レンか。今見てきたが朝よりいいみたいだな。残念ながら、俺の華麗な切断術は披露できねぇようだ。」
ニヤリと訳知りな笑みを浮かべる。
「誰かさんの熱烈な看病のおかげかねぇ。」
「そうですか・・・。」

キョーコの頭の中は安堵でいっぱいだった。

だから気が付かなかった。隣にいる男の不穏な視線に。
男の細められたまなざしに気が付いたのは、幸か不幸か、クロサキだけだった。
(・・・へぇ・・・この子も隅におけないね。)
人間観察が職業病のクロサキはその視線が嫉妬交じりだとすぐに理解した。

男が初対面の同性相手に剣呑な視線を送る意味は一つしかないからだ。
(面白そうじゃねぇか。)
生来の悪戯心がうずく。
「そういえば、レンははあんたに会いたがってたぜ?今日は朝から顔を見せてねぇんだろ?」
「・・・え?あ、・・・・はい・・・。」
この少女はクロサキの意図に気が付かないままバカ正直に頷く。
「あんたが傍についてれば、あいつの回復も早いかもな。」
「え・・・?そんなことは・・・・。」
戸惑ったようにほわっと赤くなる頬に、隣の男の視線はどんどん鋭さを増した。
(ほー。)
クロサキはすこし感心する。
頬を染めた少女は、途端に目を見張るほど艶を増した。
初対面では地味、とまではいかないが、あまり目を引く感じではないと思っていた。
髪は短く、男物の服に身を包み、ともすれば少年にも見える。
レンの治療中に、その場にいると宣言したとき、そう地味というばかりでもないかとは感じたが、今の表情は目を引いた。
たとえて言うなら固かったつぼみが花開く瞬間の艶やかさが加わったとでもいうか。
(こりゃ、数年後は楽しみだ・・・ま、磨かれ方にもよるだろうが。)

磨いたら磨いただけ、とんでもなく化けそうだ。
ニヤリと彼女の隣で威嚇中の青年に意地の悪い笑顔を向ける。
思い浮かべたのは診察の間、ヤシロが彼女のことを口にした瞬間のレンの表情。

(ほんとにおもしろそうだな、おい。)



「さて、俺は次の患者のとこに行くが無理すんなよ。」
これ以上からかうと不味いかな。クロサキはそう判断した。すでに隣の男は爆発しそうな顔をしている。


医師が去った後、ショーは不機嫌さを隠さなかった。
昔だったらそれで彼女は機嫌を取ってくれたものだが、今は無視である。
そのまま、宿舎に向かうキョーコを、ショーは慌てて呼び止めた。
「待てよ!待てって、キョーコ!おい、レンって誰だ?」
第二師団で”レン”と言えば、副隊長で、貴公子だか何だかと呼ばれているあの男じゃないだろうか。
気に食わないことに、容姿も端麗で実力も人望もあるらしい。
一回閲兵式でで見たことがあるが、騎士団のお仕着せに身を包んだ彼目当てに集った女性たちが彼を見た途端、次々黄色い悲鳴を上げていた。
その中に、狙っていたのになかなかなびいてくれなかった女の姿を見つけた以来、レン・ツルガは嫌いな男ナンバーワンとなった。

まさかとは思うが、さっきの奴の話だとそんな男の看病をするくらい傍にいるということだろうか。
「は?あんた騎士団にいるくせにまさか知らないの?」
キョーコが、振り向いた。
「レン・ツルガ。第二師団副隊長、私の直属の上司で剣の師匠。」
さっきまで、医師との会話で浮かべていた艶を綺麗に消し去ってキョーコは答えた。
「!」
「私は彼の騎士見習いよ。」
ふっと冷静な表情に混じった誇らしい響きにショーはムカつきを抑えられなかった。
彼女はよりによって一番いけ好かない男の傍にいるということだ。

「・・・おまえ、まさか、そいつに惚れてる・・・とかないよな・・・?」
「はぁ?!いきなりなんなわけ?」
眉をしかめた顔には憤りしか感じなくて、ショーは心のどこかでほっとした。
「惚れた腫れたなんて、あんたのおかげで全く興味をなくしたわよ!もうそんな愚かな感情には囚われない!」
全力で騎士になりあんたを見返してやるので頭はいっぱいだと、こぶしを振り上げて宣言する。
それをショーは鼻で笑い飛ばした。
「ふーん、ま、出来るもんならやってみれば?」
最高にムカつくセリフを、最高にムカつく表情で言う。
そうすれば彼女は噛みついてくるはず。
案の定、彼女は凶悪な表情で反応した。

彼女がほかの男のことを考えるのは嫌だった。
それがどんな感情に根差しているか、ショーは深くは考えなかった。
ただ、嫌だと感じたのだ。
だからその感情の命じるままに行動した。

(お前は、俺のことだけ考えてろ。)

ほかの奴のことなんか考えている隙間なんかないほうがいい。
(だったら、追い詰めてやるよ。)
ショーの決心は、新たな火種を生む。

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毎日暑いですね。皆様体調にはお気を付けくださいm(_ _ )m