お久しぶりでございます。
ウッカリ始まったパラレル続き、どうぞよろしくお願いします。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒズリ公爵閣下の裁判の日は、あっさりとやってきた。
証拠がないただの告発だけのはずなのに、巷では、彼が圧倒的に不利な情勢であるとささやかれた。

公爵本人は、城に幽閉されたまま、公の場には顔を出さなかった。
従って、というよりほぼ必然的に悪い噂は一人歩きする。

いつの間にか、彼は子を殺したひどい殺人鬼と呼ばれるようになった。

普通の領民の裁判とは違い、貴族の裁判は国王が議長となり、議会で行われる。
告発された側とする側の代理人によって審議は2週間続けられ、最後の日に審判が下る。
審判はその真偽を見守る議会の多数決による。

「・・・従って、このような疑いをかけられること自体が間違いであり、何らかの陰謀であると考えます。」
「それについて、陰謀とはいったいどのようなものなのか。確証もないことを言い触らされるのはどうかと思いますぞ。」

階段状に円形に作られた議場で、中心では告発されたものと告発したものの代理人が意見を戦わせていた。
周囲を貴族議員が囲んでいるが、その者たちの反応は様々である。
居眠りをするもの、興味なさそうにぼんやりしているもの、熱心に周囲の有力貴族に話しかけるもの。

そんな議会の様子を、国王は眠そうな表情で眺めていた。
議長である国王はここでは発言権はないに等しい。
それは、国王が愚王であった場合の独裁を防ぐという意味合いもあり、その証明のため自主的に沈黙するというのが慣例となっていた。

正当な裁きの場というよりは、形骸化した裁判の形をとった権力闘争の場、と言ったほうが正しい。
自分がどちらに味方すれば有利に働くかを見極める場でもあるが、同時に退屈な場でもあった。

今回、特例で告発者の名は伏せられているが、公爵を訴えることのできる人物は限られているため、どちらに味方をするかで議会の流れが変わる可能性も十分ある。というのが世間一般の見方である。


国王は、ついには退屈そうに頬杖をつきながら、自席で目の前の紙にいたずら書きをはじめたようだった。
切れ者と噂はされているが、下級貴族のほとんどは王の仕事を間近で見たことはない。
王自身が切れ者というわけではなく、周囲の側近が切れ者であるという噂が一部にはあった。

こんな雰囲気を見れば、その噂があながちウソではないのではないかと思われるのも頷ける。

そんな王が近寄ってきた側近の話に一瞬鋭い光を帯びた瞳を見せたのに気が付いたものはいなかった。



”今夜会えないか?”
キョーコの下宿に彼女宛ににそんな文が届いたのは、キョーコが公園でレンから逃げ出した数時間後だった。
字面だけ見ると恋文のようだが、呼び出されたのは宿舎の訓練場で、同時に帯刀を命じられているため、そんな色っぽいものでないのは明白だった。

少し沈んだ自分の気持ちに、キョーコは発破をかけた。
もしも艶めいた文であったとしたら、ただ困るだけのはずなのに。と言い聞かす。

昼間の彼は、すこしおかしかった。
自分の感情に気を取られていたために、気が付くのが遅くなったが、確かにどこかおかしかった。

張りつめていた瞳を思い出す。
あの瞬間、揺らいだのは自分だけではなかったはずだ。

彼は彼にしかわからない理由で悩んでいる。
確かめてもごまかされるだけもしれないとキョーコは思う。

けれど、確かめずにいられないのだ。
知りたいと願う。
その想いがどこから来るのか、キョーコは確かに自覚していた。

呼び出された時間まで、短いような長いような時間をただ悶々と過ごす。


時間が来て動きやすい稽古着に着替え、キョーコは通いなれた道を歩いた。



彼女が篝火が焚かれ、明るく照らされた訓練場にたどり着いた時、レンはひとり訓練場の真ん中に佇んでいた。

彼は自分以外の気配にゆっくりと顔を起こした。
その視線がキョーコを捉える。



彼は無言だった。
ただ彼女と向き合って立っていた。



「・・・そこへ・・・。」
レンは穏やかな顔で小さく彼女へ指示をする。
訓練場の踏み固められた中心で、レンはキョーコと対峙した。

「君が、訓練を怠けてなかったか試験するよ。」
レンの声が篝火の薪のはぜる音にかぶさって彼女の耳に聞こえてきた。

「・・・え、足・・・・が・・・。でも・・・。」
キョーコがかすれた声で答える。
レンの予想通りの反応だった。

挑発的に唇を吊り上げる。
「・・・ちょうどいいハンデだ。だろう?」
望む以外のほかの答えなど許すつもりなどなかった。
「・・・それに敵は怪我をしていても向かってくる。・・・ここで断るということは、君の、騎士になりたいという夢はさほど真剣じゃない、と言うことか?」

厳しい答えに、彼女が戸惑う気配が伝わってくる。

レンは顎を上げた。
「俺は、利き手を使わない。それにこの足。そんなのに後れを取るのか?」

意外に早く、己の思惑に彼女が乗ってきた。

「・・・・ハンデなんてくださって、いいんですか?私はそんなに甘くないですよ。」
真っ直ぐとレンを見つめる瞳が、まぶしい。
この視線と真っ直ぐ向き合うには、自分の罪は重すぎるのだ。
けれど、惹かれた。

・・・・だから、惹かれた。

「望むところだ。」
その罪を背負っていてもなお、向き合える強さを今のレンは持っていない。
いまの自分ではだめなのだ。

だから、決めたことがある。

「勝者には何をもらえますか?」
「では、望むものをなんなりと。」

そして、お互いに抜身の剣を掲げ、先を触れ合わせる試合の礼をとった。



磨いたスピードを武器に、彼女が切り込む。
それをいなすように受けて、レンは素早く反撃した。

お互いの息遣いと、薪のはぜる音。
風を切る剣がぶつかる金属音とともに青い火花が散る。

地面を擦る二つの足音。


かつてのレンの流れるような足さばきは、そこにはない。
その原因である引き攣れた酷い傷跡が下腿に刻まれているのをキョーコは知っている。
一度は切断もやむなしと思われたその傷。

彼が普通に歩くのも辛いときがあることを知っている。

それでも、レンはやすやすと彼女の剣を捌く。


(・・・まだ、届かないの・・・?)
利き手ではないものの、まともに打ち合っては、腕力でどうしても差が出るため勝ち目がない。
だから、スピードを重視した戦法をとったというのに、彼女の一撃はあっさりと躱される。
(まだ、こんなに遠いの?)

実力の差があることは、始めからわかっていた。

けれど、荒い呼吸を始めた自分に比べて、彼は息ひとつ乱れていない。
かすかな不協和音を奏でる足音だけが、彼の不調を伝える。
キョーコは悔しさに歯噛みした。

(騎士になるんでしょう!キョーコ!ちょっとは根性見せなきゃ!)


ただ、実力を示したいのだ。

彼の呼吸くらいはせめて乱したい。


こんなでは、いつまでたっても彼に並べない。


彼が、今夜、なぜここに呼び出したのかはわからない。
けれど、到着して最初に目にした彼の表情は凛としていた。


なにか、大きな決心をしたような。
そんな予感がした。

「気が散ってるな。」
そのセリフと同時に軽く攻め込まれて、キョーコは慌てて集中した。
3合目まで何とか躱す。
「脇が甘い。」
右からの一閃を受けて、キョーコは考えるより先に左にステップを踏む。
上段からさらに攻め込まれるが、それを、相手の力を利用して跳ね上げ、変わりに懐めがけて切り込む。

フッとキョーコの全身から力みが抜けた。
何度も剣を交え、躱しているうちに、不思議なことが起こっていたのだ。
相手の剣閃が読める。

同時にキョーコの周囲から音がすべて消えた。
彼女の思考はすでに遠い彼方にあった。

ただ、体が動くに任せて剣をふるう。



レンの唇がかすかに歪んだ。
無意識に浮かべたそれは、笑みともいえそうなもの。

不自由な足を感じさせない動きで、彼女の踏み込みからの一撃を捉える。

集中を増した彼女の動きは、先ほどよりも鋭いが、やはりまだ洗練とは程遠い。
しかし、そこには確かに才能の片鱗があった。

あと数年たてば、技は磨かれて、この自分でも手加減できないかもしれない。


それを確かめると、レンは試合を終わらせるため本気の踏み込みを見せた。
何合目かで彼女の剣を巻き上げて跳ね飛ばす。


ふわりと、彼を囲んだ清冽な空気が霧散して、キョーコは地面に膝をついた。


試験の終わりを、彼が剣を引くことで伝えたのだ、と気づく。
持っていた剣を、すらりと鞘に納めた彼の言葉を荒い息のままキョーコは待った。
「まぁ、及第点てところかな。まだ、甘いところが多いが。」
呼吸ひとつ乱さないまま、彼が告げた。


レンはゆっくりと、彼女に近づいていく。

篝火が時折赤く染める彼女の瞳が、レンを見ていた。
レンは無言のまま彼女の手を引いて立ち上がるのに手を貸す。


「負けました。」
素直に頭を下げる彼女に苦笑したふりで、レンは目を伏せた。

「勝者はなにか望むものを与えられるんでしたね。何がいいですか?」
「うん?」
そういえばそんな話だったとレンは本物の苦笑を浮かべた。
何も考えてなかった。


「そうだな、じゃ、この傷に君のハンカチでも巻いてもらおうかな。痛いし。」
「・・・・・は?」
レンが指し示すのは、右の手の甲にうっすら負った小さな傷。
「・・・血もほとんど出てないじゃないですか・・・。」
「でも痛いし。」
「痛いしって!もう!なんですか、それ!」

そう言いながら、彼女が言われる通りにハンカチを取り出す。
優しい手つきで巻かれるそれは、彼女にとっては意味なんてないだろう。

「ありがとう。助かった。」
「そんな大げさな。」
ふと交わされる何気ない会話にキョーコが頬を緩める。

キョーコはそのまま夜空を仰いだ。
「今夜は雲が多いみたいですね。月が見えなくなった。」

「ああ。」
レンは小さな声で答え、月を隠した雲を見上げる。
ひとつ息を吸う。
「・・・君に話しておきたいことがある。」






翌日、ひっそりとレン・ツルガは騎士団を退任した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

文才をください。(切実)