ウッカリ始まったのに、今までより一番長いシリーズとなった今作。
読んでいただけるだけで、嬉しいです。


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「・・・・知らないです。」
待ち伏せをされていたのか、キョーコは隊舎の入り口で数人の町娘から取り囲まれ、レンの居場所を聞かれていた。
これは、ある意味、キョーコが移動する際の恒例行事となりつつある。

彼が隊を辞去してから、すでにひと月余り。
王都中の女性が来たのではないだろうかと疑うほどたくさんの女性たちが、こうして彼女のもとへと訪れるようになっていたのだ。
集団で来る者、思いつめたように一人で来る者、馬車の中から、おそらく貴族だろうと思われる娘に声をかけられたこともあった。


聞かれるそのたびに同じ答えを返していたが、敵もさる者。なかなかしつこい。
何人いるのかも分からないレンのファンの女性たちに、彼の直属の騎士見習いであることをいつの間にか知られていたらしく、彼が退団してからずっと、この調子である。
同じ女だから与し易いとでも思われているのだろう。
聞かれるそのたびに募るイライラをどうにか受け流して、キョーコは無理やり笑顔を張り付けた。

「申し訳ありません!いま、急いでいるので!」
キョーコは言い放つと、早足でその女性たちから立ち去った。


『果たさなければならない誓いがあるんだ。』

あの夜、彼はそう言った。

静かな声で騎士団をやめると告げられたキョーコは何も言うことができなかった。
引き留める権利も、何も持っていなかったから。

何処に行ったのか知りたいのはキョーコも同じだ。
彼は、何処に行くかも、どうするのかも何も教えてくれなかった。

信頼されている、と思っていたのはどうやら自分だけだったらしい。
そうキョーコは早い時点で思い知らされた。
何も聞かされていないのは、自分もあのたくさんのファンたちも同じ。

気づいた途端、キョーコは自分に何度も言い聞かせた。
あの人とは何もなかったのだ。
ただの騎士と騎士見習いでしかなかった。

何もかも・・・この苦しいくらいに膨らんだ感情も、ただ、あの人が天然タラシだったからで、自分が男慣れしていなかったからに違いない。
そう言い聞かせた。

誰にでも、同じように優しいひとなのだ。
見ず知らずの子供のために溺れる危険も厭わないような、知らない村人のために脚一本をなくそうとしたような。
そんなひと、なのだ。

きっと女性には、みな同じように接していたに違いない。

自分だけが特別だなんて、思い上がっていたわけじゃない。
だから、こんな感情は勘違いだ。
そう何度も何度も言い聞かせる。

それは今のところ成功していた。

キョーコは泣くことを自分に許さなかった。
そして、自分の感情にしっかりと蓋をし、心の奥に蓋をしたそれを深く沈めた。



彼の従騎士だったヤシロも同時に退団したため、キョーコは、所属していた第二小隊長から呼ばれ、そのまま隊長直属の騎士見習いとなった。
隊長自体は何も言わないが、レンの口利きがあったのであろうことは想像に難くない。

確かに隊長のもとに身を寄せられたのはありがたかったが、その最後のレンのやさしさがキョーコの心に棘のように刺さることまでは考えなかったのだろう。



刺さった棘は痛い。
でも、見ないふりをしていれば、いつかそれは小さな疼きとなり、そして消えていくだろう。
いつもそうしていた。
幼いころから。

泣いても誰も助けてなどくれないのだ。
大丈夫と何度も繰り返して、表面上は穏やかに時間が過ぎていく。



騎士見習いとして、隊長のもとに身を寄せてから、すぐに鎧一式を下賜され、儀礼用の剣も与えられたため、現在、彼女は従騎士として扱われているのも同然であった。
じきに叙任されるのではないかというのが大方の身内の意見だ。

異例ともいえる早い出世に妬まれることもあったが、キョーコの周辺の者たちは彼女の努力をしっかりと評価していた。
そう言う面では、彼女は上司に恵まれたともいえる。

こき使われている当の本人には自覚はなかったが。

今日も、隊長のお使いで、第4小隊の隊長に書状を届けたが、くれぐれも返信はしっかり貰ってくるんだよと言い聞かせられていたため、彼女はおとなしく返信を待っていた。
しかし一向に返信は書かれず、”どうせなら”とかいう理由にもならない理由で彼女はあれよあれよという間に訓練場に引き出され、訓練に参加させられたのだ。
やるからには全力を尽くすのが彼女の信条。

そうして返信を受け取るころは、息も絶え絶えになっていた。

ニヤニヤした第4小隊隊長に書状を渡されながら「ご苦労様」と言われ、送り出されたあと、またも待っていたかのような淑女集団に取り囲まれてはたまったものではない。
そこでへたり込みそうに笑う筋肉をせかして急ぎ宿舎に取って返した。

「あ、お帰りなさい、キョーコさん」
今日こそ文句の一つでも!と意気込んでいたが、こんな風に隊舎に戻り隊長に笑顔で迎えられると、つい顔が笑みを浮かべてしまうのだ。
「第4小隊はどうでしたか?」
「・・・訓練に引きずり込まれました。」
「ああ、シンガイ君はちょっと悪戯好きなところがあるから。」
ふふふと笑う穏やかで清楚な雰囲気の、この隊長にはどうしても勝てないと思わされる。
だが、こう見えても剣を持たせると悪鬼のように変貌するため、隊内では恐れられてもいるのだ。
穏やかで優しげな風貌で、敵を切るその姿のギャップが激しさを助長していた。


返書を手渡すと彼女の今の上司となるオガタ隊長は、それを見ずにテーブルに置いた。
まさかという一抹のひらめきがキョーコの胸に兆す。
(本命は・・・さっきの訓練じゃないよね・・・。)
こんな風に優しげではかない印象の隊長と悪巧みはどうも結びつかない。


結びつかないのだが、どうも最近こんなやり取りが増えている気がする。

気のせいと言い聞かせるには頻度が高い。

言いつけられるのは違う用事ではあるが、ほかの隊に顔を出し、結局は訓練やら手合せやら新しい見習いへのアドバイスやらで飛び回る羽目になる。
そこに何らかの意図が見え隠れしている。

けれど、ありがたかった。
こんな風に忙しく立ち働いていれば、何も考えずにすむ。

(もしかして・・・・・)
キョーコはふとそう思った。
自分の心の奥にある感情を見せないように頑張ってきたつもりだった。

上手に隠せているはずだ。

それとも隠せていなかったんだろうか。

キョーコはそのとき隊長に呼びかけられて、思考の渦から意識をそらした。
「これで大体顔見せは済んだかな、と思うんだ。」
にこにこと、オガタ隊長はキョーコを見ている。
「顔見せ・・・ですか・・・?」
「まさか、気が付いてなかった?」
「いえ・・・。」
そういえば、これでキョーコは近衛騎士団の全小隊に行かされた、と思いだす。

「明日、君を従騎士として任命する。関係各所からの許可が出たからね。」
キョーコはかすかにその言葉に引っ掛かりを覚えたが、それが何なのかわかる前にジワリとこみあげた喜びに支配された。
「あっ、ありがとうございます!」
「ふふ。お疲れ様。これからもよろしくおねがいしますね。」
「こちらこそ!」
顔をほころばせた彼女に目を細めて、オガタは退室を命じた。


これで一つ夢に近づいた。
キョーコは訓練場から赤く色づいた空を見上げた。
無意識で心の中の誰かに語りかけようとする己を戒める。



夕焼け空を仰ぐ横顔が大人びていて、ショーは訓練場の片隅で佇む少女に声をかけられなくなった。

あれは、自分の幼馴染で色気も何もない女だ。
親の決めた元許嫁でなんの面白味もないつまらないやつだ。
そう言い聞かせているのに、時折こんな風に知らない女に見える。


彼女の直属の上司だった、あのいけ好かない騎士が怪我を理由に退団したと聞いて、何か言ってやろうかと少し前に会いに行った彼女は何時もどおりだった。
変わらない様子の幼馴染になぜかほっと胸をなでおろした。
その理由は深く考えなかった。


あの女タラシくさい騎士に、心を奪われていたのではないかというショーの予感は、どうやら外れたらしい。

だが、それから、何度かショーが”偶然”第2小隊宿舎のそばを通りかかった時、ふとした瞬間に彼女が遠くを見ているのに気が付いた。
他人の気配を感じたとたんいつもの彼女だが、誰も見ていないと思っている今の様なときには、心を何処かに彷徨わせている。

そして、ショーは声をかけられなくなるのだ。
まるですくんでしまったかのように動けなくなる。


彼女がこっちを向いて、ショーの存在を認識するまで、ショーはまぬけにも突っ立っていることしかできない。


こんな敗北感はない。


間違いだと何度も否定した。
でもどうやら気の迷いではないらしい。


いまも、こうして何もできずに見つめている。

手を伸ばせば、届くはずなのに。
でも簡単にそうはできない清冽さがそこにはあった。


「・・・・なに?あんたまた来たの?なんか用事?」
キョーコが自分に気が付いたというだけではずむ心が妙に恨めしい。
ショーは唇をかんだ
「近くまで来ただけだ!・・・なんでか、お前がいま間抜け面さらしてやがるから笑ってやろうと思ってよ。・・・なんかあったのかよ?」
言いたいのはこんなセリフではないのに、勝手に動く口が歯がゆい。
「馬鹿じゃないの?なんも・・・・あ、私明日から従騎士に任命されるからね。」
「・・・・・・・・・。」
そんなものは、とっくに知っていると言うべきだったが、ショーは黙った。
言葉が届かないことが、怖かったのかもしれないと後から思ったが、口をきけなくなったのは事実だ。

ショーは自分の言葉が怖かった。
そんなことは今までなかったはずなのに。

何時もどおりを装うための言葉ならいくらでも出てくる。
でも核心に触れるはずの言葉は、空回りだ。
空虚ではないと思えるほど楽観的にはふるまえない。

幼馴染にかける言葉はこんなに難しかっただろうか。

「へぇ。お前如きがねぇ。」
だから、彼女が一番言われたくないだろう言葉を口にした。

「・・・・そうね。」
けれど彼女はそれをあっさりと受け流す。

予感はあった。
認めることはできないが、悪い予感は前からあった。

たぶん間違えば一言で、自分は一生キョーコを失うにちがいない。
けれど、掛ける言葉は見つからないのだ。


そして、間違える自信だけはある。
困ったことに。

どこで自分は間違えたのだろう。
そう自問自答する。

いまはただ薄氷を履むが如き綱渡りで彼女のための言葉を探すしかできない。


彼女の表情で回答の正否を判定するような。

わかってる。自分らしくない。
でも今は・・・。

「俺はとっくに従騎士だけどな。」
彼女の気配が剣呑なものに変わる。

それでいい。
ショーは呼吸を整えた。


「やっと追いついたとか思ってねーよな?俺のほうがだいぶ先行ってるんだぜ?」

けれど、噛みついてくるはずの彼女は静かに瞬きをしただけだった。
そして静かに答える。
そんなことは思っていなかった、と。


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グダグダしてきたな・・・。
続きはちゃんと考えているんですけど、なかなか時間が取れなくてすみません。
カメより遅い歩みで、でも、考えているラストまでたどり着けるように頑張ります。

よろしくお願いします。