最近自分の書く文章が長文になってしまってなんだか憂鬱な気分になる。柔軟性がないっていうか、、堅苦しすぎると言うか、、良いことなんだろうけど悪いところでもある。
「周りがちゃんと理解してくれればもっと少ない言葉で簡潔に話せるのに」とか「理解してくれれば含みを込めまくった一言を発っせるのに」とか思う。
なんとなく過去を振り返って見たら高校時代含みの込めた言葉がことごとく理解されなくて言うのをやめたのを思い出した。
なんて言うか、理解してもらえないって辛いよね。





集団的自衛権容認の流れに関して思うことが多々ある。
確かに集団的自衛権行使は必要なのかもしれない。
けど、それに賛成してる人のほとんどか「平和ボケ」してる。
どういうことかと言うと口では必要だと言う割りに自分達には関係ない、戦争には参加したくない自衛隊と国が勝手にやってくれるだろうと心の中で思っている。
国が戦争に関わると言うことは必然的に自衛隊員が人を殺すと言うことになる。最悪の場合自分達が人を殺すことになるかもしれない。
なのにも関わらずそれに賛成している人間は人を間接的に殺すことになることにも気がつかず、その重みから逃げている。
自衛隊に戦争を行わせ間接的に殺し殺させているならば私達はその責任を負わなければならない。
つまり賛成するということは凡ゆる面での犠牲者の責任を負った上での意見でなければならないということ。
ちなみにおれはどっちでも良い派。
だって資源とかどうでも良いもん。
どうせ赤字国債君がどうにかしてくれるんでしょ?





日に当たりまし体力を奪われると急に飽き性になる。死ぬ程だるい



伝える力伸ばさないとな,,.