目覚めの悪い朝でした。7時半からいきなり電話がかかってきました。

無論奴からです。これから仕事なので、出ませんでした。そうしたら

すぐにまたかかってきました。それも無視していたら、メールがきて

「どうして出てくれないの?昨晩私は貴方のせいで一睡も出来ず、

お酒を飲んでいた。今日は会えるまでずっと電話するからね」

 

全部無視しました。私はそもそも仕事中はメールを返信しない事に

決めているし、それは奴にも当然説明済みで、知っているはずです。

しかし、午前中だけで30回以上電話がかかってきました。もちろん

マナーモードにしているので、周りの人に気づかれる事もなく、

傍目にはいつもと同じように仕事をしているのですが、

精神衛生上良くないのは間違いありません。

 

午後は、仕事の関係で大事な相手先に外出したのですが、

その間もずっと電話がかかってきます。もうこちらも麻痺して

きているので、なんとも思わないのですが、電話を使いたい

時にも奴からの着信中だったので、それは着信拒否して、

仕事の電話をしたら、メールが来て「どうして、電話に出て

くれないの?出てくれるまでずっと掛け続けるから」と言って、

再び電話の嵐です。結局この日は60件を超える電話が

かかってきました。

 

ここで、私は10,000元を奴に差し出す決心をしました。

 

そしてメールをしました。

 

「私は会社の総経理とも相談して、彼が一緒に来てくれると

言った。だけどこれは私の問題だと言った。そしたら、彼は

了解してくれて、お金を貸してくれた。貴女に10,000元

あげるから、故郷に帰って下さい」

 

すると「分かった。じゃ10,000元もってきて」

 

「今日の夜渡す」と言えば、

 

「分かった。必ず10,000元もってきて」

 

その後、当然の様に一切電話がかかってこなくなりました。

 

わずかなメールのやり取りの中で、10,000元という単語を

わざわざ2度も書いて送ってくるあたり、守銭奴というより、

ゴロツキと言った方が良いと思いました。

 

ちなみに会社の総経理(日本人)と相談したのは事実で、

一緒に話をしてあげようと言ってくれたのも事実ですが、

お金を貸してくれたというのは嘘です。私はもうお金がないと

ずっと言ってきたので、その辻褄を合わせました。総経理は

中国歴が長く、彼も近い様な事件を自分自身も含めて何度か

扱っており、今回は私に同情をしてくれたようです。刺されない

ようにだけは気をつけろよと言ってくれました。

 

受け渡し場所は、商業街にしました。早く渡したかったので、

早い時間を指定して向こうもOKの返事をしていたのですが、

直前になって「○○家園まで来て。私の同僚に見られたくない」

と書き送ってきました。詭弁も良いところです。10,000元

もらって故郷に帰れと言っているのに、もはや同僚も

へったくれもありません。商業街まで行く事すら面倒くさがって

いるのと、私が総経理という単語を出した事で、罠を警戒したと

思われます。

 

しかし罠を警戒しなければならないのはこちらの方です。相手の

家の近くに行くのはいかにも危険ですが、逆に家まで来いと

いうことは、10,000元を受け取ったら、後は何も言わない

つもりなのだろうと思い、素直に従いました。

 

待ち合わせ場所の奴の団地の玄関に着くと、100mぐらい

向こうに奴がいました。昨日は夜遅くまで、電話でひたすらに

悲観的発言を連発し、今日は朝から、60件にも及ぶ電話を

掛け続けてきたこの小姐に対して、私は30数年生きてきて

初めて、殺意というものを抱きました。よく男女の関係の

こじれで相手を刺すなどという事件を耳にしますが、

このような感情まで来た時に、加えて自制心さえもなくなった

時にああいった事件は起きるのだろうと思いました。

 

お互い相手のほうに向かって、歩きました。二人が接近すると、

奴は肩から提げていたかばんの口を開いて、お金をそこに

入れるように促します。なぜか手で受け取る事を警戒して

いるようです。

 

私はお金の入った封筒を取り出し、「もう私と会ってはならない。

私に電話をしてはならない。私にメールを送ってはならない。

良い?」と聞きました。彼女は即、黙ってうなずきます。いかにも

早く金を入れてほしそうに見えました。私はそのかばんの中に

封筒を入れると、奴がそれを中のほうに押し込んで、チャックを

閉めました。

 

そしてそのままお互いすれ違うように別々の道を歩き始めました。

私は、「じゃ、いくから」というと、彼女は片手をぷいっと上げて

「あっちいけ」の意思表示をして、無言で行ってしまいました。

 

私の表情は無論こわばっていて、彼女は、この世の醜い物を

すべて凝縮したような恐ろしい眼をギョロギョロさせていました。

辺りを警戒していたようです。

 

今回、私は金を払わずに、逃げる事も出来たと思います。

電話番号を換え、引越しをすれば、会社の名前はばれて

いますが、それからネットで住所を調べるという知識すら

なかったようでした。調べていれば脅しで、住所をメールで

書いてきてもよさそうなものですが、「会社は何と言う通りに

あるのよ」と聞いてくるだけでした。

 

ですが、今回は金を敢えて出しました。

 

その最たる理由は、小芳に被害が及ぶ事を避けたかったから

です。彼女に罪はないし、こんな私を信用して頼ってきてくれる

彼女を、こんな事で失いたくありません。一緒に住んでいるので、

引っ越すといってもすぐには出来ない話で、それまでに家に

来て騒がれたり、小芳とバッティングしたのでは、最悪です。

 

そしてもう1つ理由があります。私は今回、奴の為に色々

アドバイスしました。私の言うとおりにしていれば、3,000元

以上稼ぐのは決して難しくなく、10,000元なんて3ヶ月で

稼げる金額にすぎません。質素に生活すれば半年そこそこで

10,000元の貯金が出来たかもしれません。しかし奴は

それを放棄して私にストーカー行為をして、そしてお金を

せしめました。しかし「悪銭身につかず」です。

 

私は奴の本質を掴みました。奴はコツコツと努力してお金を

稼ぐ事など、元来出来ない人間なのに、さらに今回こんな事が

あったのなら、今後は余計に出来なくなると思います。奴は

きっとすぐにこの10,000元を使い切るでしょう。そして、

また短絡的にゴロツキのような事でしか、お金を稼ごうと

しないでしょう。また私にたかる可能性も十分にあると

思っています。

 

ですが、次回は、私は逃げます。奴も口実を探して言い寄って

くるかもしれませんが、電話番号を換えて引越ししてでも

逃げます。もし会社に来たら総経理が話をつけてやると言って

くれています。「10,000元渡して終わりにする約束だった

でしょ?」というのは説得力としては十分と思います。なので、

逃げると言うのも変な言い方です。堂々と払わないだけですね。

 

そして、いつか奴は売春婦にでも成り下がるか、犯罪まがい

の事を繰り返すのではと思います。今回金を払わずに逃げて

いれば、奴がいずれ諦めて、やむを得ずマジメに働く様に

なったかもしれません。しかし今回、私は奴がその性格を

矯正しないようにしたつもりです。負け惜しみかもしれませんが、

これは私なりの復讐です。

 

これで収まるはずなのですが、なんとこの2日後にメールが

来ました。

 

「店を辞める為にママと話をした。ママは他の小姐が来る

まで1ヶ月は店に居てくれと言う。だからまだ蘇州に居ます。

貴方が一人で来なくてもいいです。友達とみんなで来たときは

私を指名してください。」

 

ストーカーまがいの脅迫じみたことをして、実際に10,000元を

せしめた後で、一体どんな神経でこんなメールを送ってきて

いるのでしょうか?

 

確かに私は、10,000元の話が出る前に、彼女が稼げる様に

なるまで、月3~4回は店に行くと約束しました。このメールは

その約束を種に、「会いに来てくれなかった」と脅迫するための

準備の可能性を感じました。奴に対しては、意識がすべて

警戒の方向へ働きます。

 

本来、性善説を基準とし、まずは人を信じる事から始める私に

とって、ここまで思わせる人間は今後そうは出てこないと思います。

 

今回は非常に勉強になりましたが、同時に高い授業料も払って

しまいました。ただこの小姐はあくまで例外であり、なんとか

「人を信じる」という心だけは守り通せたように思っています。

 

(一旦完結。続きがない事を祈る・・・)