「…うん。昨日、お母さんが言ってた。
今年はサンタ来ないから、とも」
あたしは昨日知った衝撃の事実を、ありこさんに告げる。
「そっかあ。アタシもね、カコちゃんくらいの時に、
上の兄貴たちにバラされたクチ」
あはは、と笑ってありこさんは言う。
笑った顔、いっこちゃんにそっくり。
「夢が壊れた、って思っちゃうよね」
「……」
あたしは黙って頷いた。
イブの夜を今年も楽しみにしてたのに、それが『ない』って宣言されて。
それも今までのも、全部『嘘』だって知って。
「けど、うちの子たちには、バラさないでいてくれてありがと」
だって、言えないよ。いっこちゃん、あんなキラキラした目で、
サンタさん来るの待ってるんだもん。
「…どうして」
「ん?」
「どうして、大人は子どもには、嘘ついちゃいけません、って言うのに、
自分たちは嘘ばっかり吐くの?」
サンタクロースはいて、いい子にしてたら、来てくれる、とか。
お父さんとお母さんは、好き合って結婚したんだよ、とか。
サンタクロースがいるって言ったなら、どうして最後までいる、って信じさせてくれないの?
好きで結婚したのに、どうしてケンカばっかりしてるの?
「うっ、カコちゃん、痛いとこ、ついてくるね」
戦隊もののヒーローにやられた悪役みたいに、
ありこさんは「うっ」っと大げさに胸を押さえて呻く真似をしてみせてから、
優しくあたしに微笑んだ。
「どうしてだろうねえ…。
でもね、カコちゃん。おばちゃんはサンタさんいると思うな」
「ええ? ありこさん、さっきと言ってること、真逆」
「あはは。やっぱり嘘つき?
カコちゃんに毎年プレゼントくれてたのは、お父さんとお母さんだよね?
いっぱい嬉しい気持ちとか、ワクワクする気持ち、もらったよね。
それって、カコちゃんのサンタクロースはお父さんとお母さんてことなんじゃないかな」
お父さんとお母さんがサンタさんの代わりにプレゼント置いてて。
だから、お父さんとお母さんがサンタさんってこと?
「…よく、わかんない」
首を傾げると、ありこさんは「うん。なんかうまく言えなくてごめん」って豪快に笑う。
「みんな誰かのサンタクロースになれるんだよ。
あったかい気持ちを届けたりもらったりしてさ。
数人しかいないサンタクロースが世界中を駆け巡ってるって考えるより、
たくさんいるんだ、って思った方が、素敵じゃないか?」
ありこさんの言ってることは、わかったようなわかんないような感じだった。
そのあとで。
「で、アタシの穂積も、あっちこっちでサンタの手伝いやってて、最近、全然帰ってこないんだけどさ」
とかぶつぶつ言ってたし。
「ねえ、お母さんとカコ、なに話してるの?」
ひょいって、キッチンのカウンターから十和くんが覗いてきた。
「ひゃっ」
突然間近に十和くんの顔があって、あたしは変な声出しちゃう。
「ひゃって何だよ」
だってだって。
『十和くんが好きかも』
最近、女の子の間の恋バナでは、そんな宣言をしまくってるから。
ふいに出てこられると、どきってなっちゃう。
「何でもなーい。女の内緒話。ね、カコちゃん」
ありこさんは余裕の笑みで、そう言ってから、豪快にお菓子のパッケージをびりって破いた。
イブの朝。
お父さんが会社に行く時に「ケーキは、チョコといちご、どっちがいい?」って聞いてくれたけど、
「どっちでもいい」そんな可愛げのない返事しか出来なかった。
「だいじょーぶだよ、絶対カコのとこにも、サンタ来るから!」
いっこちゃんは、まだしつこくあたしにサンタクロースの来訪を断言してた。
学校は3時間で終わって、通知表もらって。
お父さんもお母さんも今日は早めに帰ってきてくれて。
おうちで、お母さんが作ってくれたローストチキンと、お父さんが買ってきてくれたケーキを食べた。
いつも寝る時間になってベッドに入った。
目が冴えて、なかなか眠れない。
時計の音、大きくてうるさい。
なんで、あたし眠れないんだろ。
待ってても、サンタクロースなんて来ないのわかってるのに。
けど、いつの間にか眠ってしまって、朝、お母さんの声で起こされる。
「今日から学校お休みなのに」
ぶーたれながら、起き上がったあたしは、枕の横に何か包みがあるのを、発見した。
「…え?」
真っ赤な袋に、鮮やかなグリーンのリボン。
…クリスマスプレゼント?
嘘。嘘。サンタさん来てくれたの?
震える指先で、リボンを解くと。
カードとバッグの形の缶が入ってる。
カードには
――サンタ、三上!
ピンクの蛍光ペンで、そう書いてあった。
この字、いっこちゃんの字だ。
しかも、三上って何だろう…って3秒考えてから、やっとわかった。
参上、って書きたかったんだ(多分)
「ぶ…っ」
明らかに送り主がバレバレなのが可笑しくて。
だけど、送ってくれたいっこちゃんの気持ちが、すごく嬉しくて。
あたしはプレゼントを抱えながら、半泣き半笑い。
きっとありこさんが、うちの親に頼んで、いっこちゃんからのプレゼント、枕元に置いてもらうようにしたのかな。
可愛い缶の中身はスタンプセットだった。
「うれし…」
ひとりでに言葉がこぼれた。
去年のクリスマスプレゼントが何だったのか、すぐには思い出せないのに、
きっとあたし、今年のプレゼントは一生忘れない。
「お母さ~ん、サンタさん来てたよ」
あたしはプレゼントを手にしたまま、下に降りた。
「あら良かったわね」
あたしのためのトーストを焼いてたお母さんは、
リビングのテレビボードの方に視線を向けた。
あたしもお母さんにつられるように、そっちに目を向けた。
テレビの横にも、あたしの好きなブランドの紙袋がおいてある。
「……?」
「あれはお父さんからのプレゼントだって。
何もないのは、可哀想だからって。ホントお父さん、あんたに甘いんだから」
しょうがないわねえ、とぼやきながら、お母さんが説明してくれる。
あたしは急いで紙袋を開けてみる。
中には、冬用のコートが入っていた。
ふんわりとしたデザインで、木のボタンが可愛い。
「わあ。着てみてもいい?」
「パジャマの上に羽織るの? ごはん食べて着替えてからにしなさい」
「はーい」
絶対暗くて憂鬱なクリスマスになると思っていたのに、
結局いつもより楽しいクリスマスの朝になってる。
――サンタクロースがたくさんいるって考えた方が素敵じゃない?
バターのたっぷり塗られたトーストをかじりながら、
あたしはありこさんが言ってたことを思い出していた。
2時間後、あたしは真新しいコートを着て、
スタンプセットをもって、いっこちゃんちに遊びに行った。
サンタ三上のカードのことは、いっこちゃんはすっとぼけていたけど。
サンタクロースなんていない(完)
…紗夏にも、誰かクリスマスプレゼントください。
なんて、クリスマスが楽しいのは、独身の頃までかなあ、と思う。
つくづく思う。
夫婦そろってサービス業なんて従事してたら、
12月なんて恐怖の月でしかありません。
自分で選んだ道だからしょうがないんだけど。
これが今年最後かな。
気まぐれな更新にお付き合いいただいた方、
本当にありがとうございます。
何かと忙しい年末年始。
身体には気をつけて、
皆様、よいクリスマス&お正月をお迎えくださいね。