「俺が帰ってきたら嬉しい?」


…ひなちゃんが帰ってくる。
嬉しいけど、ちょっと怖い。
あたし、どうしたらいいんだろ。


凄く唐突な話のようで、まだまだ先のことかと思っていたのに、
陽向はやはり行動的なのだろう。

ネットで企業の合同説明会の日程を調べ、その日に合わせて、上京。
いくつかコンタクトを取った会社のうち、2社から別の日に改めて面接をしたいと申し出があり、
うちひとつから、内定を勝ち取った。


「しーちゃん、俺仕事決まった!
直接会って話したいんだけど、ごめん! もう新幹線乗らないといけないんだ」

早口の興奮気味の電話はおそらく、東京駅から掛けてきている。
発着の案内のアナウンスが、ひっきりなしに詩信の耳にも届いた。


「また家探しに来るから! そん時は会おうね」

あわただしくて、切ない。会った瞬間から、常にあと何時間一緒にいられるか、
カウントダウンが始まってるような、そんな遠距離恋愛がもうすぐ終わる…?


「陽向先輩、こっち戻ってくるんだってね」

詩信が直に打ち明ける前に、直は既にそのことを知っていた。


「直ちゃん、どうして…」

つい、疑問を口にしてしまって、すぐに愚問だったと思い知る。
直の情報源なんて、あそこしかない。

未だに何処となく苦手な眼鏡の奥の冷たい瞳を思い出す。

相変わらず、男同士、情報共有してるらしい。

「よかったね、詩信」

詩信の手を取って、直は自分のことのように、喜んでる。


「うん。嬉しいんだけど…」
「けど、何?」
「そろそろ、ひなちゃんと……しなきゃダメだよね?」

肝心な箇所をぼかしたから、直は意味がわからないらしく、 
ぽかんとして首を傾げる。


陽向に相当の我慢を強いてるのは、わかってる。
詩信だって、乗り越えたい。過去のトラウマを。

去年のクリスマス、一度チャレンジしてみたが、
あの時は恐怖が勝ってしまい、結局添い寝するだけで終わってしまった。

けれど、陽向がこっちに来るのなら…。
(チャンスはいくらでもあるってことだよね?)


「直ちゃん、初めての時、その…い、痛かった?」

真っ赤になりながら、詩信が尋ねて、直は初めて、
詩信の質問の意図を理解したらしい。

詩信に負けず劣らず、顔を一気に赤く染めた。


「は、は、初めての時ね」
「副部長さん、怖いからわざと痛くしそう」
「そ、そんなことないよ! 月征優しいよ。
い、痛かった…けど。でも、夢中だったから、よく覚えてない…」

直の体験談は、あまり実用的はなかったけれど、
詩信のガチガチに固まった緊張を解すのには、ピッタリだった。


「直ちゃん、可愛い」
「詩信っ」

大学に入って、直はナチュラルだけど、
メイクをするようになった。
背が高いから…と、以前は頑として履かなかったヒールも
服に合わせて履いている。

女の子らしくないから。
と、敢えて彼女が避けてたものを、受け入れるようになったのは、
彼女の抱いてたコンプレックスが無くなったからだろう。

そして、そのコンプレックスを直から取り去ったのは、
月征なのだ。詩信には、面白くないけれど。


恋は人を変える。

(だから、あたしも今度こそ、ひなちゃんと…)


密かに決意を固める詩信だった。