持ち出す荷物は最小限にした。
月征の姉はもう家を出ていて、その部屋を渡辺家では開けてくれることになっている。
ベッドもクローゼットも、パソコンデスクも。
必要なものは大概揃ってる。カーテンは、今掛かってるのがピンクのガーリーな奴だから、
新しいの買えば?
月征の話はありがたいことだらけだった。


高校時代から愛用しているボストンに、服やケータイなどを詰め込んで、
陽向は母の元に行く。

「もう行くの?」

身支度を整えた陽向に、美晴は寂しそうに言う。


「ああ。電車来ちゃうし。
見送りいらないよ? 母さん泣き虫だから、めんどくさい」
「…嫌な子だね」

拗ねながらも、美晴自身にも泣き出す予感があるのだろう。
たって行くとは言わなかった。

「新藤さんによろしく」
「ああ」
「いつ入籍すんの?」
「まだ決めてないよ」
「幸せにしてもらってよ?」
「わかってるよ」

いつもぶっきらぼうな母の口調だけど、今日はことに乱暴だ。


「陽向も…元気でね」

そう言った美晴の目には、もう息子の姿は滲んで映っていないだろう。

「あーもう、だから言ったのに」

泣き出した母に、陽向はすかさずティッシュとハンカチを渡した。

「いいんだよ、気にしないで。5分もすりゃ、ケロッとしてるんだから。
あんたはもう行きな」

盛大に鼻をかみながら、美晴は陽向の背中をばんと押す。


どうせ名残は尽きない。だったら、母の気遣いと新幹線のチケットは無駄にしたくない。
急いで父の仏壇に手だけ合わせると、陽向は立ち上がる。


見事にばらばらになっちまったなあ。でも、離れてたって家族は家族だ。
家という明確な居場所がなくなったたとしても、それは変わらない。



「じゃあな」

高々と手を振って、陽向は家を出た。