よく住む世界が違う…なんて言い方をするけれど、本当にそういう格差っていうのは、あるんだと陽向は今、身を以て体感させられている。
真っ白い大理石が敷き詰められた玄関ホールは、吹き抜けになっていて、詩信が帰ってきたとわかり、螺旋の階段から降りてきた男は、一瞬だけ眼光鋭く陽向を睨み付けた。
白髪交じりの髪は、丁寧に整えられて、眉が太く目が大きい精悍な顔立ちが引き立たせている。
凄く似ているわけではないけれど、どことなく詩信の面影もある。彼が詩信の父親なんだと、何も言われずとも、すぐに推察できる。
詩信の母親は1階のリビングに繋がってると思しきドアから現れ、こちらはにこやかに娘と、その彼氏に対応する。
迷った挙句、陽向は彼女に持っていた手土産を渡した。
「ありがとう、陽向くん」
詩信の母親が受け取ったと同時に、父が降りてきて、陽向と詩信の前に立った。
「渡部陽向って言います。しーちゃ…詩信さんとは、学生の頃からお付き合いさせてもらってます」
高校野球の選手宣誓みたいな大声で、お辞儀の角度を90度にして、陽向は正々堂々と交際宣言をする。
「やだ、ひなちゃん、こんなとこで必死過ぎ」
隣にいた彼女の詩信が照れ笑いをしてしまうくらいに。
「ああ…。詩信から話は聞いている。一度、会ってみたかったんだ。娘の男性恐怖症を克服させた男にね」
バリトンボイスで、詩信の父親はそう言って、にこやかに笑い、陽向をリビングに誘った。
リビングも何処かの家具やのモデルルーム並の綺麗さと広さとセンスの良さだった。
(育ちが違うよな…)
ソファのふかふかのクッションに身を沈めて、陽向は気後れしてる自分を知る。
けれど、陽向が身構えていたよりもずっと、詩信の両親との対面はにこやかいに、和やかに進んだ。
話題の殆どは、高校の時の部活の話だ。詩信の父、哲雄も昔、吹奏楽部でユーフォニュームを吹いていたという。
ユーフォニューム。トランペットやトロンボーンよりは大きく重たい。けれど、チューバ程の圧倒的な大きさはないので、抱えて吹くことが出来る。低いけれど、伸びのある音色は美しく、何気にソロ部分の見せ場も多い楽器だ。
「ユーフォですか」
「ああ。今も持っていて、時折吹いてるよ。今度、娘と3人で合奏でもするかね」
「いいですね!」
少しずつ話が弾むに従って、陽向の緊張感も解きほぐされる。
――いいんじゃない? いい感じじゃない?
うまく行ってると陽向が錯覚し始めた時、哲雄はやおら立ち上がった。
「お父さん、どうしたんですか?」
詩信が不思議そうに父を見上げる。
「良かったら飲みにいかないか、陽向くん」
誘われて、{NO」の答えなんて陽向にはありえなかった。
「だったら私も…」
心配そうな顔でついてくるという娘を、「陽向くんと二人で飲みたいから、お前は遠慮しなさい」と哲雄は退ける。
「構わないだろう? 陽向くん」
「はい、僕は別に…」