最近、陽向の様子がおかしい。

自分といても、楽しそうじゃない。話しかけても上の空で、全く見当違いの返事が返って来たりするし、そもそも、lineのメッセージのやりとりも激減した。


何か自分のことで、気になることがあるのかと尋ねても、「何もないよ」の一点張りで、話は一向に解決しない。

陽向がこっちに来れば、普通の恋人同士みたいに、毎日のように会ったり出来ると思っていたのに、これじゃあなんだか遠距離の時の方が心の距離は近かったようにさえ思える。

「あたしがあれこれ期待しすぎたのかな…」

今日も既読にならないままのメッセージを見て、漏れてしまった詩信のつぶやきを、隣の席に座っていた親友が聞き逃してくれるはずもなかった。

「どうしたの? 詩信。何かあった?」

直は心配そうに、詩信の顔を覗きこんだ。

「ううん。なんでもないよ、直ちゃん」

咄嗟にそう言って、笑顔で取り繕う。けれど、詩信の言葉を全面信用はしていないらしく、直の視線はいまだ、詩信に注がれたままだ。こういうところ、直は絶対にごまかされてくれない。

講師の先生が入ってきて、刑法の講義が始まる。

普段だったら、すぐに教壇の方を向かって、真剣に講義を聞く直だが、自分のノートにささっと何か書いて、詩信の方にそれを滑らせた。


――陽向先輩と何かあったの?


「……」

何もないよ、直ちゃん。何もないから、不安になる。


「好きだよ」って甘い言葉も、同じ未来を夢見る言葉も、キス以上の触れ合いも。


詩信が期待していたこと全部。


――あとで、話すね


詩信はそう書いて、直にノートを返す。



だけど、親友に何をどう言えばいいのだろう。

恋って、難しい。男の人って、やっぱり…理解出来ない。


直に気づかれないように、詩信は小さくため息をついた。



「それってさあやっぱり、アレじゃないの?」

詩信の話を一通り聞いてから、いきなり結論を断じたのは、詩信が圧倒的に信頼を寄せる直ではなく、何故か話に乱入してきた三上梓だった。


(学部も違うのに…)

何故彼女がここにいるのか。いや、直は元から今日は三上と約束があったというから、向うにしてみれば、乱入組は詩信の方なのかもしれないが。

それでもやはり、胡乱な目線を三上に送ってから、詩信は三上が濁した言葉を追及した。


「アレってなあに? 三上さん」
「決まってるじゃない。どーせ、あんたまだ『男の人苦手…』とかなんとか言って、陽向先輩と最後までやってないんでしょ?」
「…三上さんて相変らず下品…」

可愛らしい頬を膨らませて、詩信は端的に三上を非難する。


「羽田が気取り過ぎなんだって。付き合って3年、流石に陽向先輩も痺れ切らしたんじゃないの? 遠恋だったら、向うで多少浮気してもバレないけど、今、渡辺先輩の家に転がり込んでるんじゃ尚更、息抜き出来ないし」
「…ひなちゃんは、そんなことしない!」

三上の一方的なくせに、確信ありげな物言いに腹が立って、詩信は言い返す。

キャンパス内のベンチでの口論に、間に入った直の方が困り果てた顔をした。


「ま、まあまあ。梓も極端じゃないかなあ…。陽向先輩大人だし、詩信がオトコ嫌いなのは、承知の上で付き合ってるから…」
「そーです! ひなちゃんは三上さんが知ってるような下世話なエロイだけの男の人じゃないんです」
「はいはい。――けどさ。そんだけ信頼してるのに、どうして羽田、しないの? もしかして家の事情で結婚まで出来ないとか…?」

あっさり頷いてから、三上は不思議そうに首を傾げた。


三上は詩信の過去を知らない。だから単純に疑問なんだろう。わかってるのに、答えられない自分にイラつく。

いつまでも…被害者面してちゃダメだってわかってるのに…。