ラブホとかファッションホテルとか、そういった類の場所が、どうにも月征には好きになれない。

清潔感は微塵もないし、そもそも設備や内装に趣向を凝らし、どんなに取り繕ったところで、目的はやっぱり1つなんだろうから。

欲望が剥き出しになってしまうのが苦手なのかもしれない。
けど、陽向がいる家に、直を誘うのも、憚られる。

「…あの、さ、直。もうちょっと一緒にいたいんだけど…」

以前に一度行ったことのある建物を指さして、切り出す。ぎこちない武骨な誘い方でも、直は否は言わなかった。


最初の頃はキスするだけでも、かちんこちんに固まっていた直だが、近ごろは大胆にしなやかに月征に答えてくれる。


「…ん…っ」

甘い声を漏らす直に煽られるように、部屋の大半を占める大きなベッドに押し倒す。眼鏡を外し、直の顔を上から覗き込む。

いつもは恥ずかしそうに、固く目をつむってしまう直なのだが、今日は違っていた。


「月征…」
「ん?」
「もしも、私がやだ、って言ったら、月征は他の女の子としたくなる…?」
「えっ」

直の極端な仮定に月征は傾けていた身体を起こし、放り投げてた眼鏡をかけ直した。


「何それ、俺がそういうことすると思うの?」

心外だ、とつい口調を荒らげる。


「思ってない。思ってないけど、でも、男の人って女とは違う、って言うし…」
「何が。俺は何度も言ってるし、行動でも示してるつもりだけど。直以外の女の子なんて、全く考えられない」

「わ、私も月征のことは信じてる、よ? けど詩信が――」

直からこぼれた女の子の名前で、月征も漸く直の不安の種が何なのかを理解した。


「あ? 羽田?」
「最近、ひなちゃんがそっけない、って詩信悩んじゃってて」
「そっかぁ?」

詩信の陽向に対する態度の方が、百万倍くらいそっけないだろうと、月征は思うのだが。ツンデレだったら、ツンが99%でデレが1%くらい。


「…からかなあ、って」
「は?」

直のぼそぼそっとした声が聴きとれなくて、月征はもう一度聞き返す。


「自分とだとえっちも出来ないから、他の女の子と遊んだりしてるのかなあ、って」
「はあ??? 何言ってんの?」

目の前にいるのは直だってことも忘れて、月征の口調は怒りに煽られて、かなりキツイものになる。


「す、すみません」
「あ、直が謝ることはないよ。ないけど」

そこで口をつぐんだが、未だに怒りが収まらない。何をずれたこと、ほざいてんの? あの女。
陽向がどれだけ彼女を大切にしてるのか、彼女には伝わってないのだろうか。
何処をどうしたら、そんな発想が出てくるのだろう。


「し、詩信は詩信で不安だし、負い目なんだと思うんです…。自分のせいで、陽向先輩にいっぱい我慢させてる、って」

黙ってしまった月征に、直は懸命に親友のフォローをしてくる。

詩信のことは好きになれないが、そんな風に友人を庇って必死になる直は可愛い。むかむかしていた気持ちが、直の声を聞いているだけで、和んでいく。


「わかったよ。けどさ、陽向も――それに俺も、そんな簡単に他の女と遊んだり、浮気したりしないから!」

そっちもわかってる?と言わんばかりに、直の頭をわしゃわしゃ撫でる。


「女の子はわかってても、不安になっちゃうものなんです…」

月征が乱した髪を直しながら、直が呟く。


不安になる要素なんて、1㍉だって与えてないつもりなのに。
ただ、陽向の様子がおかしいのには、月征にも心当たりがあった。


あの日――彼女の家族に会うと出かけて行った陽向は、明らかに帰ってきてから変だった。