直を送ってから、月征は家路を辿る。
終電にぎりぎり間に合って、荒い息を吐きながら、扉近くの手すりにもたれた。


浅くため息をついて、家にいるだろう親友の顔を思い浮かべる。

結局直には、陽向の変化についての心当たりは言えなかった。不確定な情報を与えるのは好きじゃない。もしそれが見当違いだった場合、相手を混乱に陥れるだけだ。


(先に陽向に聞いてみよう)


あの日、詩信の家で何があったのか――。


だが、いつもの駅で降りて、改札を抜けようとした時に、見覚えのある後ろ姿を見かけ、月征は歩調を早め、その背中に追いつこうとする。


「陽向!」

肩から提げられたショルダーのストラップを引いて、彼の名を呼んだ。


「え、あ…月征?」

陽向も驚いて立ち止まる。


「今、仕事帰り?」
「ああ――残業の後、飲みにつれて行かれた。お前は?」

そう言って、月征を上から下まで眺めてから、陽向はふんふんと鼻を鳴らす。


「なんかお前、いい匂いする」
「え、嘘」
「直ちゃんとデート?」
「そんなとこ」

ぶっきらぼうに月征が答えると、陽向はわざとらしく息を吐き出し、「いいなあ~」と羨む。

やっぱりちょっといつもと違う? 元気がない?

陽向の声色や表情を具に観察してから、月征は直との会話の内容を陽向に告げた。


「羽田が元気ないんだって。お前に嫌われたかと思って」
「え、しーちゃんを? 俺が?」

逆ならともかく、そんなのあり得ない!と陽向は、首を横にぶんぶん振って否定する。


「で、あっちは自分がやらせないから、お前がそっけなくなったんじゃないか、と疑ってるらしい」
「はあ?」
「はあ?だろ。女の考えてることって意味わかんない」

確かに、と陽向も頷く。


「やばいなあ、早く誤解とかないと」
「うん、そうして。羽田が元気ないと、直も元気なくすから」
「直ちゃん、優しいからね、誰かさんと違って」
「うっさいよ、陽向。けど、確かにお前最近、様子変だよな。あの夜もなんか言ってたじゃん、交際はいいけど、結婚はNGとか。まさか、プロポーズしに行ったわけじゃないんだろ?」

ぽんぽんと流れる会話の中で、月征はやっとそれを切り出す。


「な、わけねーじゃん!」
「じゃあ、なんで落ち込んでんの?」
「俺、落ちこんでる?」
「…ように見えるけど」

率直に指摘すると、そっかぁ…と、陽向は天を仰いだ。


誰が悪いわけじゃない。別に生まれを卑下するつもりも、恨むつもりもない。
ただ、住む世界が違うというのを、ひしひしと感じたのだ。自分一人の努力ではどうにもできない壁を。


「しーちゃんとさ、この先どうすれば一緒にいられるのかなと思って」