もちろん、そんな父との会話なんて陽向に言えるわけもなく、詩信なりの決意表明が、先ほどの発言だったのだが、やはり過激かつ唐突すぎただろうか…。


固まった陽向に、詩信の心にも後悔が生まれる。



「しーちゃん。最近、俺の態度変だった?」

しばらく目を白黒させていた陽向は、漸く口を開くと、詩信にそう尋ねてきた。

「え?」

陽向の反応が、詩信の予想と違っていて、詩信もまた返答に詰まった。


「俺の態度が変で、しーちゃん不安にさせて、そんなこと言わせちゃった?」
「…ち、がうの…」

何が違うのだろう。陽向の態度に不安を覚えていたのは事実だし、陽向がよそよそしくなった一因は、自分と――そして、自分の父にもあるのかもしれない。

けれど、不安の解消に陽向と結ばれたいのではない。


怖いか怖くないかと言ったら、圧倒的に『怖い』が勝つ。
だが、今のままでいたくないというのも、詩信の偽らざる本心だ。


過去を乗り越えたい。どうせ学生の間だけの熱情だと、高をくくってる父を見返したい。
――陽向と、一緒に。


「うまく言えないけど、あたし、今よりもっとひなちゃんに近づきたい、もっとひなちゃん知りたい、って思うから」


普通の恋人同士なら、とっくの昔に、それも当たり前に済ませてきただろう愛情表現。


詩信がやっとの思いでそう言うと、陽向の顔は真っ赤になっていた。


「しーちゃん、それ殺し文句過ぎ」


ぱっと詩信の手を取って、陽向は歩き出す。いつもより早い歩調で、詩信はついて歩くのが精いっぱいだ。無言の陽向だが、何処に向かってるのかは、聞かなくてもわかる気がした。



「ホントに…いいの?」

と、やっと陽向の歩みが止まったのは、一見するとそれとは見えないスタイリッシュな外観のファッションホテルだった。


「ひなちゃん、なんでこんなとこ…」

ここまで全く迷いのなかった足取りに、詩信はつい要らない疑問を差し挟む。


「月征に聞いたの! 割とおしゃれでいいからって」
「じゃあ直ちゃんも来たことあるんだ」
「まあきっとそうだろうねえ」
「じゃあ、ここでいいよ」

腕を組むと、陽向の方がうろたえる。


「ねえ、しーちゃん、ホントに? ホントにいいの?」



以前にも一度、陽向と朝まで過ごしたことはあった。だけどその時は、詩信に勇気が出なくて、最後の一線は超えられなかった。


だけど今度は――


「へーきっ」

白い外壁に隠すように作られてエントランスに、最初に踏み込んだのは、詩信の方だった。