一体何をしてるんだろう…と、訝しむくらい、詩信のシャワーは長くて、なかなか出てこない。

待つ時間が長いと、陽向としても、考えたくないことを考えてしまう。



やっぱり詩信は怖くなったんじゃないかとか。


「ひなちゃん、ごめんね、お待たせ」

だけどそう言って、ホテルに備え付けのバスローブ一枚で出てきた詩信は、そんじょそこらのグラビアアイドルより、可愛くて色っぽかった。


(…やべ、俺、これだけで鼻血出そ…)

咄嗟に鼻から口元を手で覆ってしまう。


「ひなちゃん」

ベッドに上がってきた詩信は、もう一度陽向の名を呼んで、彼の前にちょこんと正座して、座る。
バスローブの裾から覗く太腿に、陽向は悩殺されそうになっているのだが、詩信はそんな陽向の心境など想像もしないらしく、妙に改まった調子で聞いてきた。


「ひなちゃんは、あたしのどこを好きになってくれたの…?」
「え?」


どこ、と尋ねられると答えに窮してしまう。だがそれは詩信のいいところが思いつかないからではなく、いくつもの要素が羽田詩信と言う女の子を作り上げていて、その全部…とまではいかないまでも、大部分を陽向は愛おしいと思っているからだ。

(んなピンポイントに答えられっかよ)


陽向の正直な回答はこれに尽きるが、詩信の目は明らかに陽向の答えを待っている。


「…最初は、可愛い子だな、ってそれだけだった」

ぽつりと陽向は語り出す。出来るだけ飾らない言葉で、自分の真実の感情を。


「しーちゃん、気が強くて、我儘で。だけど野球応援の時とか、ぶっ倒れるまで吹いたり、なのに次の日も、まだ具合悪いのに、合宿戻ってきたりして、意外と根性あるんだな、って見直した…」
「懐かしいね」
「うん」

詩信に相槌を打たれて、陽向も徐々にその頃の出来事や感情が鮮やかに蘇ってくる。


後輩に向けていた感情が、好意ではなく恋なのだと、はっきり自覚したのは、やはり詩信のトラウマの原因となったあの事件の話を聞いてからだろう。


――俺、塾の講師より、あいつの彼氏だった男の方が許せねえ


親友に吐露した激情は、今も少しも変わらない。
これほどまでに、よく知りもしない他人に対して、怒りと憎しみを覚えたことはなかった。

守りたかった、庇いたかった。何か、してあげたい。自分に出来ることなら、何でも。



「あの頃、俺が、しーちゃんの傍にいられたら…ってずっと思ってた…」

握った詩信の手のひらを、陽向は自分の頬に添える。
陽向の語った『あの頃』が、いつを指すのか、詩信にはすぐにわかったのだろう。彼女の大きな瞳が水泡で滲む。

けど、すぐに詩信は涙を振り払うように、ふふっと笑う。


「ううん、あたしはあの頃、ひなちゃんに会わなくて良かった――って思う」
「ええっ!」

しーちゃん、それひどくない? 自分の思いを全否定されたみたいで、陽向は落ち込む。けれど、詩信はすぐにこう続けた。


「時間が解決してくれることもあるもん。――あの頃だったら、あたし、きっと無理。ひなちゃんの気持ち、受け止める余裕なんてなかった」

刻みつけられた心の傷は、どれくらい時間を掛ければ癒されていくのだろう。


「ひなちゃん、いっぱい待たせてごめんね」

そう言って、詩信は陽向に全体重を預けるように、抱き着いてきた。
バランスを崩して、陽向は詩信を抱きとめたまま、背中からベッドに倒れ込む。


「…し、しーちゃん?」
「大好き」

真上から極上の笑顔で、詩信に言われ、陽向の忍耐も臨界点を突破した。


「俺だって、大好きだよ」


くるん、と身体を反転させて、今度は詩信を下に組み敷く。


あ、今の行動、乱暴だったかな。


出来るだけ詩信が怯えるような荒っぽい仕草はやめようと心掛けているのに、すぐに理性がぶっ飛びそうになる。
心配げに詩信の顔を覗きこむと、詩信はさっきと同じ笑みを陽向に向けてる。


「怖くないよ、ひなちゃんだから」

詩信のセリフに泣きそうになって、慌てて陽向はベッドヘッドのスイッチを切って、部屋を暗くした。