何年も話していないのである。それを覚えているというのだから仕方あるまい。古参のバイトが

「劇場へ是非とも連れて行って欲しい」

と言う。彼は将来漫画家になるべく、不定期で漫画のアシスタントとウチの会社との二足の草鞋を履き、ここ数年掛け持ちしている。真面目過ぎる彼の性格は、仕事をする上では使いやすいが、個性が問われる世界で勝負する者にとってそれが適しているかと問われれば、ごく普通の若者なのであるから良い方へ向いているかどうかはわからない。絵は確かに上手かった。一度見せて貰った同人誌に書いた彼の漫画は、画力だけなら少年誌にあっても遜色無いレベルだろう。しかし500円でそれを買った私には、ダメを出すことは許された。

 

「ストーリーがオモンナイ。仮にプロになれたとしても、もっと辛い思いすんで」

「この間出版社に持って行ったら、相手にされなかったです」

芸大まで出た彼はプライドなどとは言ってはいられなく、真剣なのであった。彼の同級生がプロデビューを果たし、その焦りもあったのであろう。

「絵なんぞ上手い奴なんか、この世にごまんとおる。それだけで読者に訴えられるのか」

私は核心と思われるところを突いたのであった。

「福本伸行や青木雄二の書く絵が上手いのか。そこに世界観や人生観、パッションなりを読者に問いかけてくるではないか」

続けて

「踊りの上手い踊り子なんて、沢山おんねん。それだけでは客の心を掴むことなんて出来へんで」

確かこんな会話を調子に乗って3年ぐらい前にしたと思う(笑)。

 

「僕には経験が足りません。どうしてもストリップに連れて行って下さい」

「知らない世界が多いなら、ピnサロにでも100回ぐらい行って来な。何かが見えて来るで」

職場でのストリップの話など何回も馬鹿にされて以来、今後ストリップの話など一切せぬと誓い

「コソコソと一人で楽しめば良いのさ」

と不貞腐れた私には

「自分より“少し遠いところ”で流行ってくれれば良いのだ」

と思っていたのであった。

 

その後何度か彼から懇願されたが、私はその都度はぐらかしてきた。数カ月前、地方の大衆ソープで友人達と初体験を済ませた彼は、更に人生の経験値を積もうと必死なのであった。だがしかし、そもそもそういった類は一人で遊ぶものではないのか。徒党を組んで冷やかしで行くものではない。ストリップと全くの別物なのである。前時代的ストリップ観を持つ世間と同じく、何も知らない若者の末端にまで浸透していたのも私は不快であったのであった。

 

「踊り子には一切触れられぬ」

と私は口酸っぱく忠言しておいた。そしてたとえ劇場に行ったとしても、そういった輩を常連達の訝る眼差しに関係なく、身勝手に振る舞うものなのだ。現在の東洋の4回目などその典型でないか。

 

「行きたいんやったら一人で行きな。それかツレと行ったらええねん」

私はどこまでも冷たく引き離していた。職場では仕事の話だけで十分なのである。敷居の高さに加え、興味を持つことは誰にもあり良いことだ。しかしやはりストリップは一人で行くものであろう。ネットで情報を拾えば良いのであった。

 

だが次第に彼の熱量に押されていく。一日中スマホを弄っている若者の多さは昨今目に余るが、どんなに私がそんな彼らに電話を掛けても、「気付きませんでした」と言い放ち、折り返しの電話すら無い輩がほとんどである。そして私の話など、スマホを持ちながら聞くバイトが多い中、

「日馬富士やったらビール瓶でどつかれんで」

とその度に社会では通用しないと説教をしてきた。ただ彼は違った。どこまでも真面目で仕事熱心なのであった。しかしそれが彼の漫画に生かされるかどうかは別問題なのであった。

 

「よし、君の気持ちはよくわかった。良かれと思うメンバーの時に連れて行ってあげよう。ただし、君が漫画家プロデビューした暁には、ライバルか悪役に俺の本名を使え」

「どうしてですか?」

「名作漫画っていうものは、必ずライバルがおるからやで」

「わかりました」

「ただし、劇場では俺を本名で呼ぶな」

匿名の輩とかの存在の説明などは面倒であった。

「はい。わかりました。何と呼べば良いのでしょうか?」

「“兄さん”と呼ぶのだ。劇場はそういうところだ」

「そうなのですね。大丈夫です」

「よし、劇場の入場料は俺が出してやろう。送り迎えも俺だ。感想戦のメシ代も払う。写真は買いたくなったら買うんだ」

「良いんですか?写真ってなんですか?」

「行けばわかる。写真はオプションみたいなもので買わなくても大丈夫や。俺が初めて東洋に行った時は入場料を6000円も払ったんやからな」

このあたりは言葉のテクニックというもので、現在のプリカ入場での安さを言うべきものではない(笑)。

 

劇場への遅刻は仕事のそれよりも罪深いものであると口酸っぱく言っておき

「一番綺麗な恰好で来るんやで。踊り子は客を見ているからな」

と念を押しておきながら、当日彼からの電話で目覚めた私はどのように言い訳するか悩んだけれども

「なんか興奮して寝られへんかった。まぁ東洋は広いから。良い席に座れるから」

と苦し紛れの言い訳でパイセン面を私は貫き通した。渋滞も無く開演10分前天満に辿り着き、無事我々は花道前列に座れた。

 

 

20177結 東洋ショー

(香盤)

  1. 青山ゆい (東洋)

  2. 篠原ゆきの (ロック)

  3. 春野いちじく (TS)

  4. 小宮山せりな (浅草)

  5. 矢沢ようこ (浅草)

 

観劇日:7/26ほか

 

 

「ええ席やろ。目の前やで。1回目は早いもん順やからなー」

「はい。近いです」

一通りのステージの流れを説明するがイマイチピンと来ないみたいだ。始まったら次第にわかっていくものだから心配はいらなかった。

「あそこは座れないんですか」

「あの前列4席はカブリと言って、午前6時ぐらいに来な無理やで。出来る?」

誇張して言っておいた。

「それにしても兄さんは知り合いのお客さんが多いですね」

何人もの客に挨拶する私を見て、少々彼は驚いているようでもあった。

8年ぐらい観てるから、知り合いも多くなるんやわ~」

 

暗転し周防さんのアナウンスが始まった。

一巡し、勝手が分かってきたようであった。

 

「近いです。ヤバイです」

と言う彼に

「漫画家になろうとする奴が“ヤバイ”とか“神”とか“カオス”とか使うな」

と私は再三注意したのであるが、内心嬉しかった。ニ巡観て我々は帰った。その後の晩飯でも「ヤバイです、綺麗でした」と連呼し、興奮醒めやらぬ感じであった。

 

少しは人生の経験値を積めたかと思い、私は安心していた。良いのか悪いのか、その後彼とは職場でもストリップの話ばかりになる。ストリップ初心者の疑問などは容易なもので全て解決してあげた。しばらくして「話があります」と言われ、聞けば就職が決まったとのことであった。漫画家になるのは諦めていなく、働きながら描いていくとのことであった。大阪を離れ、岐阜の物流会社に内定を貰った。

「そうか。岐阜か。寂しくなるなぁ」

転勤もあるようで、彼は楽観しているようでもあった。まさご座のことは好きでいるなら自然とわかるものであるから、この場で言わなかった。そしてバイトを辞める前に、私と別れる前に「もう一度劇場に行きたい」と言うではないか。

 

 

20179頭 晃生ショー

(香盤)

  1. 寿恋花(晃生) 周年♪

  2. 雪乃舞(小倉)

  3. 多岐川美帆(道頓堀)

  4. 春野いちじく(TS)

  5. 望月きらら(晃生)

 

観劇日:9/6(水)

 

 

前回彼と行った東洋ショー。彼はポラを初めて撮ったのだが、サポートの従業員に叱られたようで、「怖いです」と言っていたのもあった。細かいルールに煩いのは昔からだから諦めるしかない。この時出演していた春野いちじくちゃんをえらく気にいった様子でもあった。その繋がり、連続性もあった。ゆえに東洋か晃生の2択で私は後者を選んだ。平日、カブリ付きの観劇である。

 

「東洋よりも近いですね」

彼はご機嫌であった。しばらくして

「あの邪魔している人は何なんですか?」

と言った時、私は吹き出しそうになった。

「綺麗に見えへん?あれはリボンと言って、ベッドショーで踊り子がポーズを決めると、サイドから投げる演出みたいなものやで」

もっとも彼がそう思ったのであるから仕方あるまい。

 

「リボンを投げる人は従業員じゃなくて、応援客なんやで。タンバリンを叩く人も客やし」

劇場毎のルールについて知らないことも興味津々であった。残念ながら、加齢とともにリボンの勢いは無くなり、タンバリンの音感はズレてくる。

 

「なんか、いちじくちゃんを観ている時だけ、いちじくちゃんしか観えなくなります」

と言った時には驚いた。

「そうか。確かにいちじくちゃんは良いステージやね。若いしダンスも選曲も衣装も良いし」

2回目を終えても

「周りが見えなくなるぐらい、いちじくちゃんしか観えない」

と何度も言うのだ。

 

どんなに説明しても、他に良い踊り子がいたとしても、一途の彼にはわからぬようであった。しかし、世の中にはまだまだ凄い踊り子がまだまだ沢山いるのだ。

笑いながら私は答えた。

「何も観えなくなるかぁ。俺は、そういうのは年数回あるかないかかなぁ」

と。