「お待ちしていました」

「大変でしたね。いやぁ、やってくれて本当に良かったです」

いつもの晃生での受付の会話である。

「今日は誰を観に?」

と聞かれ

「そういや、初日にもかかわらず香盤表もまともに確認していなかったなー」

券売機横の宣材写真を眺め、

「まぁ、いつものように全員ですね」

と応じた。

「ごゆっくりどうぞ」

薄くなった呼気と、フィルターを通す薬品臭は息苦しさが輪を掛けるのは目に見えていた。

「点鼻薬を注しながら一巡チョイで、二回観れ、新作観られるかなー」

鼻水が滴るぐらい連射をしておけば、卒倒すること無く、耐えられるのはこれぐらいだろうと、三階まで急いで私は駆け上った。

 

つんくがデビュー間もない頃のラジオをよく聴いていた。聴いていたというより、唯一の趣味、本を読むことと、ラジオを聴くぐらいしか許されない私の青春時代、家ですることといえばそれぐらいで生活の大半を過ごした。これが侘しいとか一切思わなかった。ただでさえ規制の緩い深夜ラジオは、現在と違い無法地帯そのもので、「売れてやろう、一発当ててやろう」とする鬼気迫るほどの滾った若い芸人とつんくは一緒にやっていた。そしてこれでもかと言うぐらい自曲を流していた。女性の手すら握った事の無い暗い私にとって、彼等の恋愛話は刺激的であった。その語り口は毎週の楽しみであり日課となっていったのは自然であった。弱い媒体のそれは決して惨めなどでは無く、私にとって必聴だったのである。事実、私が初めて購入したアルバムはシャ乱Qであった。つんくの「おでこを出した女の子は~」の下りは有名だが、この頃に語っていたようにも思え、現在でも私の異性に対する指針の根底になっているのかもしれない。

 

つんくがつんくになり、モーニング娘。を創り上げた。その頃の私は、もうすでに学生ではあったが、もう働いており経緯については、詳しくは知らない。気紛れな乙女心の世界観を描く歌詞を書く男だとはその時は夢にも思わなかった。

 

何も考えずにいつのように晃生に行き、僥倖を振り得たのは五年前。「演目以外で振り向くことは無い」と強がっている多情の私にとって、当然、時限的なものと思っていた。あの時感じた憧憬は、刺激を変え今も続いている。この星は美しい、2人出会った地球。全ては巡り合わせなのだ。

「演目を創る時、演りたいテーマがあり、その演目に合った曲を探すのか、もしくはこの曲を使いたいから、その曲に合った演目を創るのかどちらですか」

「私は使いたい曲を決めてから、そこから作るよ。ベッドでこれをしたいというのからが多いよ」

さゆみちゃんのステージを観ているとそれが目的地に向かう旅の過程でさえ、演目となり得る。ダンスから立ち上がりまで、まるで一本の道のように繋がっているように思えるのである。

 

隣の客がステージを観ながら絵を描いていた。最高の被写体を観てその姿をキャンバスに映し出している。どこへ越しても世の中の住みにくさが高じたと悟った時、詩が生まれ、画が生まれるという。束の間の命を寛容て住み良くせねばと詩人という天職、画家という使命が下る。客が演目に触れると、五感に訴えられるのだ。横目で見ながら漱石の一節を思い出す。芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするがゆえに尊い。絵心の“え”の字も知らない私は羨ましい限りでかくありたいものだ。

「踊り子も絵をプレゼントされたら嬉しかろうに」

何か想いを伝えたいのであれば、各人の得意分野で伝えたら良い。時間のある客は通い詰めても良いし、写真が好きなら何枚も撮っても良い。全国を追いかけても構わない。しかしながら惰性で華言を必死に繕ったところで、高がしれており、それは直ぐに踊り子に見抜かれる。

「執筆意欲が出るよう頑張る」

とポラに書かかれてあったが、さゆみちゃんという最高の題材を持ってして私が遅い筆を執って多分に綴ったとしても、次会う時は大いにダメ出しを喰らうことになるだろうが―。

 

のんべんだらりと花弁に誘われる蝶のように、触れることのみに終始している群がった客達をよそに、その光景を私は冷ややかに見ている。客の多くが「演目どうでもええねん」とも思え、濃厚ナンチャラは踊り子との握手までも出来なくさせてしまった。過分なストレスを与えないという点では、この場合プラスに働くことに間違いない。もっともそんなことは私にはどうだって良い。

美しく羽ばたきな蝶のように その魅力のお尻はセクシープリンセス

「ストリップは癒えるだけではダメなのだ。さゆみちゃんのステージを観ていると息が出来るよ」

と思えるには充分であった。

東からまた太陽が昇るから 僕らは恋をするのですね

 

晃生周辺の飲み屋街の客引きに

「飲めるお店お探しですか?」

といつものように聞かれる。顎に引っ掛けるだけのシャクレマスクに、タピオカのストローみたいに流行りの趣の無い煙草を咥え、僅かな紫煙を燻らせながらお洒落スーツを纏っている。

「だから夜の街って叩かれるんだよ」

と言ってもこの場合普通だ。早く帰路に着きたいが故に無視をするのは誰でも出来る。大阪人の特性は、この場合あまり宜しいこととは言えまい。

「うーん。三週間ぐらい童貞やから、飲めるとこより乗れるところかな」

と言ったら笑ってくれた。

「安い焼酎飲みながらマスクするん?」

「マスクはいらないですよ。当然女の子もしていません」

と黒服は笑った。夜の街は日常の導線から外させようと魔女狩りされ、ゼロリスクを求められる視座の無い近視眼的社会は、至る所で悪魔の証明を強いられている。

「兄ちゃんらも、コロナで大変やろうけど、頑張りや」

と言おうと思ったが、直ぐに次の獲物を見つけたのか、サラリーマン二人組のところへ飛沫など存在せぬとも言わん勢いで、大きな声を上げながら飄々と走って行った。

 

 

20206結 晃生ショー

(香盤)

  1. 井吹天音 (フリー)

  2. 石原さゆみ (道頓堀)

  3. 玉 (TS)

  4. 愛野いずみ (道頓堀)

  5. 坂上友香 (東洋) 

 

観劇日 :6/21(日)、6/24(水)、6/26(金)

 

数年に一度、六月の誕生日月には免許の更新に行かねばならない。早くから葉書は来ていた。門真の試験場は結構な距離である。綺麗に髪を刈り込み、下ろしたてのワイシャツを着込んで赴く。何やら今回は入り口のところで屈強な警官四人が、来場者一人々々に説明をし、入場させている。コロナ禍の影響で、講習が出来ない旨をどうやら言っているようであった。

「葉書に何も書いてないですやん」

私は駄々を捏ねるも、四階へ行って、更新延長の手続きをやってくれとその男達は言う。足早に階段を上ると、一つの窓口には途方も無く長蛇の列を成していた。やっと回って来た私の番で、免許証と葉書を差し出した。

「これで三カ月の猶予手続きは完了です。それまでに予約を取って、講習を受けて下さい。そうしないと免許は失効されますので気を付けて下さい」

何処を向いているのか、視線を交わそうとせず、役人特有の無感情、無表情でそう仰せるではないか。

「いやいや。今日受けさせて下さい。そのために準備して来たんですわ」

「無理です。キャンセル待ちも出ておりません」

「私、次ゴールドなんで、数十分の講習なんてロビーとか青空の下でやったらええですやん」

「だから出来ませんて」

「この列の方が凄い密やで」

「はい、次の人―」

オンラインによる更新の予約は、一カ月先まで一杯で、数週先の休みでさえ儘ならない私には、目下悩みの種となっている。

 

確か前回の更新の時は、一時停止を止まっていないとかで一度捕まり、二時間の違反者講習を受けなければならなかった。試験場は時間だけを食うイメージしか今でも持ち合わせてはいない。

「はて。俺は運転が上手い筈だったが・・・」

と薄い記憶を遡ると、その時のことを徐々に思い出してきた。

 

あれは午前五時半、いつものように人っこ一人いない線路沿いの道を、通勤の為我ビッグスクターを颯爽と吹かしていた時である。取り締まり場所と知りつつ、一応人気の無いことを確認しながら停止線で私は止まらなかったわけだが、その時、けたたましく笛が二度鳴った。視界の入らない所に隠れているのが奴等のやり方、常套手段と知りつつ、私は捕まってしまったのだ。その時一瞬

「カブ二台か。撒けるな」

ミラー越しに見える貧弱な単車にふと過るが思い留まり、私は急停止した。トロトロとゆっくりと近付いて来る。

「なんで笛鳴らしたかわかる?」

「はい、すみません。会社の鍵を開けなければなりませんので堪忍して下さい」

私が言うと

「ダメダメ。はい、免許証出して」

まるでノルマがあるような応対である。咄嗟に五千円ずつ握らせて、この場をやり過ごそうかと思ったのだが、変に使命感の強い連中だと面倒だったので止めた。

「君、大型二輪を持っているの?」

「はい。今は乗っておりませんが、持っております」

無駄な会話など避けて、早くこの場から去りたかったのであるが、つまらぬ話を延々と続けられるのだけは御免蒙りたかった。最後に

「大型を持っているバイク乗りは、模範となり、徳のある人間にならんとアカンぞ」

と説教されたのである。“徳のある人間になれ”という言葉の響きは今でも覚えている。

 

「献血いかがですか―」

長い講習の、その間の待ち時間でさえも異常に長く、どうせスマホを弄るぐらいしか出来ないのならば、敷地内で二輪の試験をやっているから、遠くからでも眺めていようかと思っていた時、蚊の鳴くようなか細く高い声が聞こえて来た。入場門の下手側に献血ルームがあるのは前々からわかっていた。誰にも見向きもされないことが妙に気にかかり、懸命で健気に呼び込みをする彼女を忌み嫌ってさえいる連中とは相反し、その存在が私にとって愛おしく思えたのであった。それがまるで炎天下の灼熱の中で売るマッチ売りの少女のように思えたのであった。

「違反者講習が始まるまで、一時間ぐらいあるんですよね」

と、私の方にも向かって言うものだからこう答えた。

30分もかからないから大丈夫ですよ」

「こんな体して血圧が低いんですよ」

「痛く無いですし、あっという間ですよ」

相当鼻の下が伸びていたにちがいない。なんとも楽しい会話である。ずっとこのまま駄弁っていたかったのであるが、それだけが目的でも無い。多くのトレーニーは夏に向けて絞っており、たとえそれが200ccでも400ccでも血が抜かれるのであれば、それは減量にもなる。体重の微減でさえ、大いにやる気にさせるものなのだ。炭水化物を摂らないことによる低血糖の症状が出ていないかと気になってはいた。その時の医師の知見も拝聴出来るではないか。これが楽しみでもあった。独り善がりになりがちな栄養学を専門家にぶつけられる。何よりも社会の為にもなるし、一石二鳥どころか三鳥、四鳥ぐらいあるではないか。

「じゃぁ、やってみようかな」

その少女は物凄く喜んでくれ、献血ルームまで付き添い私は手を振って入って行った。誰もいない受付で

「すみませーん」

と私が言うと、大柄で意地悪婦長のような女性が現れた時、

「コントやがな」

と思ったのは正直な感想である。

「マジかよ。こうやってぼったくりバーなんかに騙されるんやろな―」

と思ったが、「これでも一石二鳥になったんだ」と自身に言い聞かせるしかなかった。問診票に記入せよと愛想無く婦長が言うので、長々と記入していった。しばらくして婦長に促され、診察室に案内された。医師との対面である。

「これで待ちに待った献血だ。まぁ赤身ばっか食ってるから、俺の血は相当濃いはず。異常数値を叩き出してやるぜ」

と内心ほくそ笑んでいた。開口一番、お医者様は

「他は大丈夫なんですが、ここがねぇ…」

と問診票を指差してこちらを見て真面目な顔をして言い、ディスカッションするはずの私は拍子抜けをした。

「直近の半年でパートナー以外っていうのがダメになっているんですよ」

一瞬、何を言っているのかわからなかったが、直ぐに飲み込めた。

「え!?懇ろになることもありますでしょうが」

と私は応える。

「規則で出来ないことになっているんですよ。また半年後にお願いします」

「新地のオキニを四人で回していたら、その子等の休みもあるんやから、そういうこともなるでしょうが」

と言いかけたが止めた。

「極厚のゴムと火出るんちゃうかって言うぐらいのアルコールも付けるわ」

とも言い加えておきたかった。

「さぁ、お好きなジュースをお飲みください。また今度、お待ちしております」

「だから、ジュースなんか半年飲んでへんわ。糖質制限してるって言いましたやん」

と言い、席を立った。馬鹿正直に問診票の答えたのが、私が悪かったのであろうか。

 

十分も経たず出て来たが、当然のことながら行きかう人々に少女は呼び込みをやっていた。

「お医者さんに、今日は献血出来ひんて言われたわ」

通りすがら苦笑いして私が言うと

「また今度の時、お願いしますね」

笑顔でそのマッチ売りの彼女に先程の医者と同様に言われたのであった。

 

クルーズ船だけで終わるものと思っていたものが、結局ウィルスが国内に入って来て、ここまで蔓延するとは誰も予想出来なかった。この時、アマビエが見えたものが何人いたであろうか。買占めによって店頭から物が無くなった時でさえも

「シコティッシュに困るぐらいは何ともないわい」

と楽観し私は何も気に留めていなかった。しかし、使い捨てマスクを買えないのだけは困った。どこを探しても見つからないのである。

「商社が出荷を渋っているのと、老人の買占めで出回らないのですよ」

取引先のバイヤーからこう言われたのであるが、webで即日配送の市場価格の数倍に膨れ合ったそれは、待てど暮らせど届く気配は無かった。まさか中国マスクを有難がる日が来るとは、夢にも思ってもみなかった。数年前に小顔マスクを付けていたアルバイトに「顔半分隠さなくても十分可愛いで」と言ってからかっていた頃がなんとも懐かしくさえ思えた。

 

数枚しか無かった残は直ぐに枯渇した。その希少で僅かなそれは、学生時代、フルタイムのライン工場で働いていた忌々しい頃を想起する石油臭に加え、「今夏こそは根治させるには手術も辞さぬ」と思っていた慢性鼻炎の私には、燃費の悪い体に大量の吸気を必要とし、終日高地トレーニングしているようで、疲労感しか得る事しかなく、一層私を苦しめることとなった。そして根っからの反共は、国産品なんぞ、どんなにフットワークが軽かろうと有りはしなかった。

 

付けていないと犯罪者扱いのように白い目で見られ、図らずも社会全体がそれを許すまじとなってしまった。「マスク付けて無い客は劇場に来るな」という声をも色んな所から散見されることとなり、観劇どころか、生活者として死活問題でもあった。そんな時、女子社員が布マスクを付けていて、一連の流れを話したら、手作りマスクを六枚くれた。少し柄が派手なことぐらいは、私には必要十分で、今後二年ぐらいこれで足りると思った。マスク乞食から一夜にして、潤沢な社会適合者へと復活を果たしたのであった。そして一カ月強かかり、通販購入の粗悪な中国マスクが家に届いた。転売屋と左翼が政府の布マスクを虚しく批判していた頃のことである。

 

コロナ後の社会は、検温に消毒作業、その他の関連で今までに無かった仕事量が著しく増加した。

「年寄りのクレームなんぞ、チnポを甘触りしながら、対応出来る」

と後輩に豪語している私でさえ、この対応に時間を大きく取られることになる。「密室、ノーマスク、対面15分」という政府の指針はどこかへ行き、社会が「飛沫怖い、コロナ怖い」だけに終始し、全体主義に似たコロナ脳に侵されてしまった。実勢では共存などあり得ないこととなっている。ワクチンが出来ていない以外、そのデータはほぼ揃いかけているが、自粛某の年寄り連中のクレームが頻出し、現在でも絶えないのは周知の通りである。

「私の小学生の頃は、老人と中国人を尊敬しなさいと教師から教えられ、敬っていましたが、もう違うみたいですね。今は浅薄で徳のない老人が老醜を晒し、徳の無い間違った正義感を強要していますね」

とその都度言ってやりたかった。そして私の月間労働が300時間を超え、それが数カ月続く禊を経験する。会社から得られたその対価が慰労金一万円と、這う這うの体でこの間過ごした。それでも「仕事があることは、有難いことだ」とエデンの園のように“労働は罪”と微塵も考えることなど無かった。社会の動乱時に、何かしら役に立てればと思うのが勤め人の性で、仕事が無くなり家でじっとしている方が私には耐えられないのである。

 

五月末の非常事態宣言解除後の六月頭に、一斉に全国の劇場が再開を果たす。私はここぞとばかりに、東洋と東寺に足を運んだ。保健所の指導なのか、両館とも場内は至る所でこれでもかと言わんばかりに次亜塩素が焚かれ、隅々まで立ち込めていた。ストリップ劇場といえば、一日いれば鼻糞がカチカチに成るほどの埃っぽさと、客の酸っぱい加齢臭や酒臭さにプラスして、全身が痒くなるジジィのうなじから放たれるフェロモンが立ち込めている。その隙間から踊り子の舞台を前のめりに覗き観るものが醍醐味でもあるが、この三位か四位か一体となったこの空気感こそが場内のそれだと心得ている。この化学的な薬品の臭いは、社会の危機的状況のある種の物々しさ雰囲気を感じざるをえない。場内の緩い空気感、行き場を失った男の一時の潤いを与えてくれるところであったのは、遠い昔のようである。そして客間の距離を保つために席を間引いたことを考慮せずとも、ガランと閑散とした場内にかなりの不安を覚えたファンも多かろう。しかしながら自転車操業だと思っていた劇場経営も、国の保証がままならない時でさえ、よくぞ持ちこたえてくれたと、逸る気持ちを抑えきれなかった。

 

地球にはまだ未知の部分がある 僕らの先とおんなじですね ミステリアス 自然の恵み 自然に口付けする 生きてる証 喜怒哀楽 ホモサピエンス

 

「渋谷来なかったね」

「連休が取れないんですよ」

と半年ぶりに会うさゆみちゃんに聞かれた。県を跨いでの移動だとか、それがどれだけ意味を成すのか理解しがたい私には、政府の指針に反しているであるが、実は日帰りで行けなくも無かった。

「さゆみちゃんを観る時は、相当のぼせて体温上がっているだろうから、頭に上った熱が海綿体に下る前に、今入場前にやってる体温チェックに引っかかるかもしれないから止めたよ」

と言っておけば少しはウケてくれていたのかもしれない。

 

 

20206結 晃生ショー

(香盤)

  1. 井吹天音 (フリー)

  2. 石原さゆみ (道頓堀)

  3. 玉 (TS)

  4. 愛野いずみ (道頓堀)

  5. 坂上友香 (東洋)

 

 

観劇日 :6/21(日)、6/24(水)、6/26(金)

好きだった引退した踊り子のブログ中に

「ストリップは戦う男のためにあるんだ。私がお客さんの心を笑顔にしてあげる」

とかつて語っていたことがある。途中で舞台を降板させられたのか、体調不良で自ら降りたのかわからぬが、その週の中頃には劇場に出なくなった。心配する客を慮り、その後に書いたものだと記憶している。ツイッターが流行る前のブログ全盛時代、比較的長い文章が多く、彼女の文章には心を打ち、惹かれる部分も多かった。そして今とは違い女性客はほとんどいなかった。ストリップは外で戦うサラリーマンにとって、調度良い息抜きの場所でも在り、這う這うの体で観るそのステージに、勇気づけられ、前向きに生きられるという、寂しい男達の集まりだという側面もある。現在でも私は「浮世のしがらみを一時でも忘れられたら」と思うものだ。最近のストリップは少し様相が変化して来たところもあるが、やっていることは当時とはそう変わらない。演目が全てだと私は思っているが、そう思わぬ客も多くいることだろう。求めるものは客人各々が違うのである。私は比較的暗い演目よりも、明るい方が好きなのだが、心に残るもの、ふとした時に過るものは、年間を通してそれ程あるまい。またその時の感情の持ち方にもよるだろう。

 

 

【演目】

石原さゆみ(道頓堀)「サザン」 8中 in 渋谷                                              

黒瀬あんじゅ(TS)「エクスタシー」 11結 in まさご

春野いちじく(TS) 「ファンタジーソープ」 5結 in あわら

南まゆ(ロック座)「百物語 8景」 8中 in 浅草

虹歩(蕨) 「ガガ」 7中 in 晃生

高崎美佳(ロック座) 「女鬼慕情」 11頭 in 東洋

小宮山せりな(浅草) 「スパイダー」2頭 in 東洋

石原さゆみ(道頓堀)「四季」 3頭 in 晃生

中条彩乃(ロック座)「ノンフィクション」3頭 in 東洋

チームプリティ(ロック座) 5中 in DX東寺

南美光(TS) 「獅子舞」 1結 in 晃生

桜庭うれあ(ロック座) 「Western6結 in 東洋

ゆきな(ロック座)/中条彩乃(ロック座) 「おんざろっく。1st」 8結 in 東洋

小宮山せりな(浅草) 「インド」 2頭 in 東洋

 

※タイトルは可能な限り調べたが、わからぬものはそのイメージとした。

 

2019年の演目ベストは以上になる。毎年のことながら、「何を今さら」という向きもあろうが、こればかりは私の性分ゆえ、観た香盤を眺めながら書き記していたら、異論は大いにあろうがまとめたらこうなった。

 

旅先で観る舞台というのは、やはり格別なもので、その浮ついた気持ちと楽しさに由来し、それは財布の紐の緩さだけで無く、観る目もイージーになるのかもしれない。いやそんなことはあるまい。例えこれらのステージを東洋や晃生で観たとて、私の評価基準に変わることは何ら変わること無く、仮に投げ銭だけの評価があるとするならば、きっとこれらになることだろう。これら1ステージだけを観るためだけに入場料を払ったとてしても後悔はあるまい。専業とか副業とかは関係無い。板の上では皆、同じである。

 

「僕はね、一度デートしてみたいのですよ」

と一緒に劇場に行った知人に言われた。

「何をそんな中学生みたいなことを。裸を観れる踊り子にですか?」

「はい、そうです」

「中学生ですら、デートのその先のことしか考えていないですよ」

とお互い笑っていたのであるが、ベッドで全てを晒した踊り子の裸身に浴びたその姿は、神々しく、畏れ多く、むしろ衣装を纏っている方が、最近の私は昂っていることの方が多いものだ。

 

当然のことながら、読者の方々もリクエストされれば、本年も踊り子の再演がある得る。尚、全員現役である。読者自身の評価基準に照らし合わせてくれたら、私がここで書く目的の過半は達したことになる。

 

 

【劇場】 7劇場 59

35回 東洋ショー

17回 晃生ショー

 2回 DX東寺/まさご座

 1回 あわらミュージック/渋谷道頓堀劇場/浅草ロック座

 

 

年頭の石原さゆみちゃんの復帰宣言で、私の行動が大きく異なってしまった。当初、ここまで晃生に行くはずではなかった。「軽々しく物申さじ」というより、自身の「フットワークの軽さ」を褒めてやりたい。いかようにも観劇スタイルなど変化し得る、まさにうべなるかなというやつである(笑)。進行の拙さに起因するダンスカットは、熱が醒めるということが多々有ったことも事実であり、一巡すら観る事無く、そのまま東洋へのハシゴというのも一度や二度では無かった。劇場通いも東洋だけなら、預貯金は大きく増えていくのであろうが、毎年のことながらそうはいかない。今年は仕事の面でも、AI化と働き方改革の恩恵受け、労働時間は変わらずとも有給は取れそうな環境にある。小旅行が増えそうな予感がしているがどうであろう。未訪問の劇場にも足を伸ばしてみたい。仙台と那覇がある時は不可能と思えた全館制覇も射程距離に入った。

 

 

【踊り子】 お会いした踊り子は87

14回 石原さゆみ

11回 春野いちじく/ゆきな

10回 望月きらら

 8回 上野綾/榎本らん/小宮山せりな/真白希実/夢乃うさぎ

 7回 鈴木千里/水元ゆうな

以下省略

 

年々、出会える踊り子の人数が少なくなってきているが、同じ香盤に自身が数回行っていることが大きな要因である。一期一会を信条とし、薄く目立たぬ客を気取っているが、「中日で演目変えた」という情報が入れば、これ以上の食指をそそられることは無く、「何としてでも行かねば」となるのであるから困ったものである。1年のスパンで毎年寄れるのは必然となる。上位が関東所属というのも面白い。「わかりやすい性格」と自他ともに認めている。上位でも撮らない人がいるのでこの場では多くは語るまい。思い出は撮るものでは無く、心に刻み残していくものだろうと格好良く言っておこう。私の中ではストリップは観るものなのだ。

 

 

【オープンショー】

宇佐美なつ(道頓堀)

小春(ロック座)

春野いちじく(TS)

小宮山せりな(浅草)

ゆきな(ロック座)

北原杏里(晃生)

くるる(晃生)

あらきまい(東洋)

 

近年「いったいどこを観るんだ」というものが増えている。それは私の求める本来あるべき姿のオープンショーとは大きく異なる。卑近な言い方をすると「目が合って、オープンして、ニヤリ」というものだ。チップ数人という時代に育った者にとって、景気が底上げされたのか、それが末端にまで回って来たのであろう、毎回というのはいかがなものかと思える。そう思っている客も少なからずいるだろう。踊り子ファーストとはいえ、初速は良いと思えても、これが続くのはやはりいけない。

 

10年続く趣味もそうあるまい。好きな踊り子が引退するたびに「俺も一緒に辞める」と何度も言ってきた私は、今年もそれを言うかもしれない。しかしながら「今週は東洋、来週は晃生が熱い」と抜かしつつ、恥ずかしくも無く大きな顔をして今でも劇場通いを続けている。当初、俄かのスト客が「ペンは剣よりも強し。言霊が宿っている」と勝手な使命感に燃え、学生時代に多少物書きを目指したところもあり、少しでも綴り続ければ現状が多少は変わり得るかもしれないと思っていたが、ブログなどという古めかしいツールは、タイムリーに発信されるSNSの普及に勝てる筈も無く、劇場へ向かう一助にすらなっていないことを今では痛感している。それ故、今まで以上に縷々と書き下ろすことはあるまい。とはいえ、劇場に行くことは、私にとって非日常で有り、刺激的で、これが良いのか悪いのか、このまま定年後も劇場通いをしていそうな勢いであるのは間違いない。

 

(敬称略)