「お待ちしていました」
「大変でしたね。いやぁ、やってくれて本当に良かったです」
いつもの晃生での受付の会話である。
「今日は誰を観に?」
と聞かれ
「そういや、初日にもかかわらず香盤表もまともに確認していなかったなー」
券売機横の宣材写真を眺め、
「まぁ、いつものように全員ですね」
と応じた。
「ごゆっくりどうぞ」
薄くなった呼気と、フィルターを通す薬品臭は息苦しさが輪を掛けるのは目に見えていた。
「点鼻薬を注しながら一巡チョイで、二回観れ、新作観られるかなー」
鼻水が滴るぐらい連射をしておけば、卒倒すること無く、耐えられるのはこれぐらいだろうと、三階まで急いで私は駆け上った。
つんくがデビュー間もない頃のラジオをよく聴いていた。聴いていたというより、唯一の趣味、本を読むことと、ラジオを聴くぐらいしか許されない私の青春時代、家ですることといえばそれぐらいで生活の大半を過ごした。これが侘しいとか一切思わなかった。ただでさえ規制の緩い深夜ラジオは、現在と違い無法地帯そのもので、「売れてやろう、一発当ててやろう」とする鬼気迫るほどの滾った若い芸人とつんくは一緒にやっていた。そしてこれでもかと言うぐらい自曲を流していた。女性の手すら握った事の無い暗い私にとって、彼等の恋愛話は刺激的であった。その語り口は毎週の楽しみであり日課となっていったのは自然であった。弱い媒体のそれは決して惨めなどでは無く、私にとって必聴だったのである。事実、私が初めて購入したアルバムはシャ乱Qであった。つんくの「おでこを出した女の子は~」の下りは有名だが、この頃に語っていたようにも思え、現在でも私の異性に対する指針の根底になっているのかもしれない。
つんく♂がつんく♀になり、モーニング娘。を創り上げた。その頃の私は、もうすでに学生ではあったが、もう働いており経緯については、詳しくは知らない。気紛れな乙女心の世界観を描く歌詞を書く男だとはその時は夢にも思わなかった。
何も考えずにいつのように晃生に行き、僥倖を振り得たのは五年前。「演目以外で振り向くことは無い」と強がっている多情の私にとって、当然、時限的なものと思っていた。あの時感じた憧憬は、刺激を変え今も続いている。この星は美しい、2人出会った地球。全ては巡り合わせなのだ。
「演目を創る時、演りたいテーマがあり、その演目に合った曲を探すのか、もしくはこの曲を使いたいから、その曲に合った演目を創るのかどちらですか」
「私は使いたい曲を決めてから、そこから作るよ。ベッドでこれをしたいというのからが多いよ」
さゆみちゃんのステージを観ているとそれが目的地に向かう旅の過程でさえ、演目となり得る。ダンスから立ち上がりまで、まるで一本の道のように繋がっているように思えるのである。
隣の客がステージを観ながら絵を描いていた。最高の被写体を観てその姿をキャンバスに映し出している。どこへ越しても世の中の住みにくさが高じたと悟った時、詩が生まれ、画が生まれるという。束の間の命を寛容て住み良くせねばと詩人という天職、画家という使命が下る。客が演目に触れると、五感に訴えられるのだ。横目で見ながら漱石の一節を思い出す。芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするがゆえに尊い。絵心の“え”の字も知らない私は羨ましい限りでかくありたいものだ。
「踊り子も絵をプレゼントされたら嬉しかろうに」
何か想いを伝えたいのであれば、各人の得意分野で伝えたら良い。時間のある客は通い詰めても良いし、写真が好きなら何枚も撮っても良い。全国を追いかけても構わない。しかしながら惰性で華言を必死に繕ったところで、高がしれており、それは直ぐに踊り子に見抜かれる。
「執筆意欲が出るよう頑張る」
とポラに書かかれてあったが、さゆみちゃんという最高の題材を持ってして私が遅い筆を執って多分に綴ったとしても、次会う時は大いにダメ出しを喰らうことになるだろうが―。
のんべんだらりと花弁に誘われる蝶のように、触れることのみに終始している群がった客達をよそに、その光景を私は冷ややかに見ている。客の多くが「演目どうでもええねん」とも思え、濃厚ナンチャラは踊り子との握手までも出来なくさせてしまった。過分なストレスを与えないという点では、この場合プラスに働くことに間違いない。もっともそんなことは私にはどうだって良い。
美しく羽ばたきな蝶のように その魅力のお尻はセクシープリンセス
「ストリップは癒えるだけではダメなのだ。さゆみちゃんのステージを観ていると息が出来るよ」
と思えるには充分であった。
東からまた太陽が昇るから 僕らは恋をするのですね
晃生周辺の飲み屋街の客引きに
「飲めるお店お探しですか?」
といつものように聞かれる。顎に引っ掛けるだけのシャクレマスクに、タピオカのストローみたいに流行りの趣の無い煙草を咥え、僅かな紫煙を燻らせながらお洒落スーツを纏っている。
「だから夜の街って叩かれるんだよ」
と言ってもこの場合普通だ。早く帰路に着きたいが故に無視をするのは誰でも出来る。大阪人の特性は、この場合あまり宜しいこととは言えまい。
「うーん。三週間ぐらい童貞やから、飲めるとこより乗れるところかな」
と言ったら笑ってくれた。
「安い焼酎飲みながらマスクするん?」
「マスクはいらないですよ。当然女の子もしていません」
と黒服は笑った。夜の街は日常の導線から外させようと魔女狩りされ、ゼロリスクを求められる視座の無い近視眼的社会は、至る所で悪魔の証明を強いられている。
「兄ちゃんらも、コロナで大変やろうけど、頑張りや」
と言おうと思ったが、直ぐに次の獲物を見つけたのか、サラリーマン二人組のところへ飛沫など存在せぬとも言わん勢いで、大きな声を上げながら飄々と走って行った。
2020年6結 晃生ショー
(香盤)
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井吹天音 (フリー)
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石原さゆみ (道頓堀)
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玉 (TS)
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愛野いずみ (道頓堀)
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坂上友香 (東洋)
観劇日 :6/21(日)、6/24(水)、6/26(金)