昨年末起こした部下の不祥事により、私の上司は責任を取ったのか、将来を悲観したのかわからぬが退職願を出し受理された。私は異動という形で、この件については落ち着いた。2月頭に内示はあったものの、いつ辞令が出るのかと考えると生きた心地はせず、発令され着任までの期間が3日間と、心身の準備もままならなかった。

 

「俺らは会社を必死で守ろうとするが、会社は俺らを何も守ってくれない」

前上司が遺し、達した言葉に両手で握手し別れた。直ぐに同業種に再就職されたのだから、良き将来があると信じている。

 

「卒業まで見届けることが出来なかったし、自分らに悪い遊びを教えることが出来なかった」

と私が男の学生バイト達に言うと抱き合って別れた。女子社員から餞別で戴いた、男なら絶対に選ばぬピンク色のネクタイは、繊細なセンスを感じた。

 

新しくなった職場は、今まで以上に出勤時刻が早くなり、自宅から遠くなった。拘束時間だけは相変わらず長いのであるが、比較的時間に余裕があり、あまり追われることもないようで、空想に耽る一時だけは確保出来そうだ。私の職位は変わらないのが唯一の救いなのだろうが、明るい未来はあまり見えて来ない。年上でも私に向かって敬語で話しかけられるその環境は、およそ人の顔色ばかり伺っていた十代の頃を思い出す。その病徴は筋肥大と共に改善されてきたわけであるが、会社というものはストリップと違い10日間の人間関係とはいかず、言葉には細心の注意を払わなければならない。

 

更に頭を悩ますのは、最新の精算機を使っており、高度なセキュリティを持つそのマシンは、傷の付いた紙幣や硬貨を一瞬で弾く。その度に打たなければならぬIDとパスワードに閉口した。不正は一切出来ない仕様となっている。新品の二千円札は自分の千円札二枚と交換していたがこれが出来ない。これだけキャッシュレスの時代だと言われていようと、世に出回るものは損貨幣がなんと多い事だろうか。クシャクシャの札に限っては、札リングにしたのだと思えば合点がいくものだ。踊り子のバストにチップを挟むのが最近の主流であり、ある意味ストリップ的と言えなくもないが、これを私は好まない。ニアミスがあるかもしれないと思うこともあるが、私の考えが古ているのかもしれない。

 

昨年秋頃から、抜けない疲労が全身を覆っていた。不快な塊のようなものである。劇場に行けば、少しだけ和らぐこともあるが完全には抜けない。帰宅途中、シートベルトを付けないまま、その間ずっとアラームは鳴り続けていたことすら家に着く直前まで気付かないことが度々あった。自宅のドアを会社の金庫の鍵で開けようと、必死にもがいている自分自身にハッとしたものだ。

 

そんな時、駐車場に捨て猫がいることに気付く。最初は煙たがっていたものの、犬のように吠えるのではなく、鳴いていたとしても弱々しく干渉してこないから放っておいた。毛並みが茶色と黒色の2頭である。ペット不可の賃貸など、どんなに可哀想でも飼える筈も無く、目を合わさないようにしていたのであるが、毎日のように私に向かってか細く鳴くものだから、コンビニで買った猫缶を上げたら飛びついて来た。

「おぉ、可愛いではないか」

と些かの癒しを求め、私は餌をあげるようになる。その後、毎日私の出勤と帰宅を見届けるように、ちょこんと座って待っているようになった。缶を開けたままというのは、口を切りそうであったので、紙の皿に開けてからあげるようにした方がより衛生的だと思い、直ぐに変えた。

「そうか。夜の暗い内に餌を上げ、明ける前にそのゴミを処理すれば、管理人に気付かれることはないではないか」

まさにコロンブスの卵ともいえる大発見とはこういうことなのであった。

“外で飼う”

この距離感こそが私にとってペットを飼うには調度良かった。

「外にいるのだから、脂質が多い方が良かろう」とトレーニングで培った知識は、こんな時に役立つものだと思った。しばらくしていると車の中は栄養価が高く、旨そうな餌だらけになっていた。雨の日や、寒い日など、待っているところにいないと、どこか切なくなるものなのだ。どこまで我儘で気まぐれなやつなのである。

「お腹を空かして待っている筈なのに」

「この寒い大阪の冬を越せるだろうか」

と締め付けられるように焦がれたもの感じた。

 

いつの間にか2頭だったのが4頭になっていた。何の問題も無い。それぐらいの甲斐性はある。得意気に猫好きだという女性にこの話をすると

「あなたは猫の繁殖能力をわかっていない。本当の猫好きならば、放っておくのが正しいのです」

リアルな言葉に唖然とした。共通の話題で盛り上がり、あわよくばという甘い期待は脆くもあっさりと崩れた。

 

寒緩まり、生暖かい風が花粉をまき散らしながら、まなこをジクジクと苛んでくるこの時期、かくも季節の移ろいを人は感じえずには得られない。このうららかな陽気に、いやが上にも春を覚える3頭の後半、石原さゆみちゃんが晃生ショーに2年ぶりに特別出演する。

 

実を言うと私は怖かった。今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、それも日本のストリップを席捲している春野いちじくちゃんと望月きららちゃんが乗る香盤である。きららちゃんは周年も重なっている。長いブランクは、何を感じるか不安なのであった。ステージを離れた2年の月日はあまりに大きい。しかしながら板の上では同じであり、実際に観るものが真実である。

 

もしもあの時の記憶と大きく異なっていたら―。

感情を押し殺し、愛想笑いと営業スマイルだけは身に付いている私は、その場限りできっと上手くやり過ごすかもしれない、そう思っていた。

 

長きに失した演目は黒猫であった。黒いジャケットに黒い耳、黒の尻尾を纏い、盆の上では、黒いスティックを巧みに回す。随所に魅せる猫の仕草がなんとも愛おしく気紛れだ。「さゆみちゃんは何も変わっていないな」と思わせる。

ああまただまされると思いながら ぼくはどんどん堕ちて行く

 

白髪だらけになった髪を黒く染め、午前5時に剃った髭は泥棒のように青々としたものだから、劇場入る直前に剃り直した。下ろしたてのスーツは纏えば、引退週の前週、最後の上野で別れたぐらいの男になっていようと私はステージと対峙した。

 

「最後の読んだ」

私に合うなり開口一番言うものだから、一瞬何を言っているのかわからなかった。まるで二週前に会ったかのような会話である。

 

積もる話は色々あったのだけれど、流石にこの場で長々と話せまい。その一言で一気に吹き飛んだ。私は、「関西の薄い客の顔ぐらいは覚えてくれていれば有難い」と思っていたにすぎなかった。百往復の校正を重ね、もう二度と読みたくないというところまで推敲し、夜を徹して脱稿した。そうして上げた瞬間、直ぐにでも削除したい衝動が何よりも大きく、今でも二行すら読み返せない程の赤面する出来である。別に手紙も渡していた。身内にだけは評判が良いものだったと記憶している。まさか読まれているとは思わなかった。

「恥ずかしいです」

客なんてものは一方的な片思いなだけであって、観るだけが全てなのだから、どう思われようが構わない。「どうせもう逢えないのだから」と仕上げたのであった。

 

短くない私のストリップ歴のなかで、最近間違えていたことがあり、その誤りを改めなければならないことがある。それは「行けない」と言ってはならぬことである。オリンピック選手など、「TVで茶の間から応援している」とかよくある話なのだけれど、ステージに立つ演者に対しては、言ってはいけないそうだ。

 

新規出店の応援メンバーに選定され、いつでも動けるよう自宅待機をするようにと会社から命じられていた。引退が決まっている踊り子など、客が無理をする時と心得ていたとしても、しかしどうやっても行けないのだ。その時も確かに聞かれたと記憶している。美しくない日本語は掲示板だけに任せ、物書きの私は

「大阪から同じ月を観ています。最後までお怪我などありませんように」

と、今後はそう別れを言おうか(笑)。

 

引退作だけを見届けぬまま、私はさゆみちゃんの観劇を終えたのであった。もっともそれが運命だったのである。冗談で「さゆみちゃんが晃生所属だったら良いのにね」と言ったのも恥ずかしい限りである。

愛しい季節は流れて 運命と今は想うだけ

多くを観た上であなたが好きだと言う方がはるかに説得力を持つだろう。私の目に全く狂いは無かった。

 

四季の移り変わりを通じて、可憐な少女の別れを趣向のあるギミックを使いステージで演じてあげていく。復帰するにあたり、色んな葛藤もあったことだろうと思う。「新作観て欲しかったんだ」と書いてあったが、3演目全てが新作ではないか。旧作で舞台へ上がろうとも、誰も文句を言えやしない。

 

さゆみちゃんのステージが好きなのだ。この想いに応えてくれるのが待ち遠しかった。

 

テラ氏が

「あなたが追い駆けていたわけがわかりました」

と興奮気味に言っていた。

「引退間際のさゆみちゃんは、演りたいことを全てやっているようにも思えるぐらい、出し切っていたように思えたんですけどね。まだまだステージ意欲が沸いてくるみたいですね」

それに勝るとも劣らない圧倒的なステージにお互い舌を巻いた。

 

押しに押した今週の晃生。演目後にオープンショーをする時短を随所に見せていたが、この演目後、オープンを観て、リングを付けてあげ帰っても良かった。しかし帰ったところできっと醒める事無く眠れやしないであろう。長居し続けるのも私らしくない。晃生の4回目のポラに並ぶのはいつ以来であろうか。

 

時を超えるこの想いは 愛の他何があるのでしょう

 

「良い演目だね。さゆみちゃんを好きだった頃を思い出したよ」

「何それ。今は嫌いみたいじゃない」

「心配いりません。今でも一番好きですから」

一瞬頬を赤くしたようにも見え、さゆみちゃんは笑っていた。

 

 

20193頭 晃生ショー (3/15

(香盤)

  1. JUN (西川口)

  2. 琴叶 (晃生)

  3. MINAMI (まさご)

  4. 春野いちじく (TS)

  5. 望月きらら(晃生) 周年♪

 

20193頭 晃生ショー (3/610

(香盤)

  1. JUN (西川口)

  2. MINAMI (まさご)

  3. 石原さゆみ (道頓堀) 特別出演

  4. 春野いちじく (TS)

  5. 望月きらら (晃生) 周年♪

 

観劇日:3/1(金)、6(水)、8(金)