3月に恋人と別れた。新卒で就職が決まり、遠距離になるのが避けられないというのが理由である。昨年から何度も泣きながら「無理だよ」と言われ続けていた。お互い遠距離で失敗した経験があったのが大きかったのかもしれない。劇場通いで得た移動手段の知識に自信があった私には「近くまで会いに行けるから」と説得を試みるも、最後まで応じてはくれなかった。辛うじて「5月まで待って」と猶予をもらうのが精一杯なのであった。配属先が関西になるかもしれないという一縷の望みも虚しく、その希望は通ることなく遠い地方で現在も働いている。

 

「眠れない時は眠らなければ良い」

夜中の2時まで深酒しては暴れていた親父の影響を受け、幼き頃からそう思っていた。あの頃は意味も無く夜中のコンビニで立ち読みをし、ただ時間がすぎるのを待つだけであった。最近はさすがに午前5時前には起きるのだから、少しぐらいは寝ておいた方が良かろうと二級の日本酒を飲むことで、無理やり横になっている。19才年下の元恋人のLINEの会話をなんとなく眺めていたら、酔いが回っていたのであろう、いつの間にやら受話器画面をタップしていた。押した瞬間、一瞬で醒め、直ぐに切ったのであるが、折り返しが速かった。あれだけ泣いていたのを感じさせないぐらい、飄々としており、ある種私を気遣っているとも取れなくは無いが、いつまでも未練がましいのは男の方だと到った。

 

盆商戦の真っ只中だから本社から許可が下りないと、後輩であり人事部のT君が言ってきた。「そこをなんとかするのが君の役目だ」と私は訴える。

「どうしてそこまで連休を?」

「ジムが盆休みに入ったからさ。チェーンだから、輪番で休みを取るみたい。この機会に東京に行きたいのさ」

「別に関西のジムでも良いですし、この機会にゆっくりとお休みしてみてはどうですか?」

「暑いと滾ってくるだろう。休むなどはあり得ない。東京で最新のマシンに触れることで違う刺激を入れるためさ」

なんとか公休を偽装することで盆明け前後に休みを得られたのは四日前のことである(笑)。にも関わらず数年ぶりに取る私の2連休を嘲笑うかのように、台風10号が到来し、西日本のJR線は運行取り止めと遅延の情報が前日から入り、肝を冷やした。JR京都線が動いていなかったら、新大阪まで直接行ってやろうとは思っていたが、まだ台風が上陸前であったのは助かった。

 

「こんな機会は滅多にあるまい」

どうせなら前列、カブリに座ってやろうと、始発の1本後に乗り込みを成功した。盆、暮れ、正月に周年と、客入りを見込める各劇場はここぞとばかり力を入れる。数多ある関東の良香盤あれど私は渋谷一択。さゆみちゃんが乗る渋谷一択と言っても良い。きっと夏の熱い演目を観られるにちがいなかった。

 

夏の高い日差しは、道玄坂を駆け上がった頃には大汗をかくには充分で、漫画が描かれた細い四肢を持つ若者達が我が物顔で振る舞っている姿に多少の違和感しか覚えないのであるが、パワーがありこの街全体が漲っている。整理券は22番目と、早く出たにもかかわらず立ち見になるのではないかと一瞬焦ったが、なんとか3列目には座れた。

 

最近、観劇時間が特に短くなってきた。その週の香盤に見切りを付けると言っても良い。ブンラス派で親友のテラ氏が、この私のスタイルに呆れ、笑ってはいたが

「好きな踊り子が思っていたものと違った場合、急に醒めるんですよね」

と言うと、彼は

「ストリップなんてそんなもんやて」

と言ってきた。

「僕には無理ですね。“間違いない”と思って臨んでいるものの、なんかステージを観てても違うことを考えてしまうんですよ」

 

さとみちゃんとて、緩い演目をすることがあるならば、2曲で本舞台からはけた時、私は確実に劇場を出る。盆入りする時、客に目をやる前に、気付かれずにそっと劇場を後にするのだ。この場合、3列目は調度良かった。大阪のポラ客Cにもなっていない私の存在など気付かなくても良いのである。入場料はラジオ代ぐらいに思っても良い。「外出です」と言わず、そっと小さな声で「楽しかったです」と従業員に一礼し出る。そんな懸念も一瞬で忘れ終演までいた。それにしてもこの日の道劇の進行は素晴らしかった。満員で立ち見も出る7人香盤はカット無しで4回回した。しかも従業員のヘイトも無いものだときたものだから、ストレスフリーでここまで心地良い劇場はそうあるまい。大阪二館に教えてあげたいぐらいだ(笑)。

 

 

 

20198中 渋谷道頓堀劇場

(香盤)

  1. 翔田真央 (道頓堀)

  2. 平井あんな (道頓堀) デビュー♪

  3. 星愛美 (晃生)

  4. 夢乃うさぎ (晃生)

  5. 石原さゆみ (道頓堀)

  6. 空まこと (浅草)

  7. 六花ましろ (道頓堀)

 

3演目:石原さゆみ

2演目:翔田真央/星愛美/夢乃うさぎ/空まこと/六花ましろ

1演目:平井あんな

 

 

額を出した白いワンピースの少女が江の島へバイクで向かっていくことから始まった。グリーンのビキニ姿へと変化する。夏の思い出をつくるかのように激しく踊る。灼熱の恋のメロディの中、ベッドでは行きずりの女を演じていた。いつしか虹歩さんを彷彿とさせるような魅せるベッドショーになっていった。

 

客なんてものは踊り子の演りたいことに従えば良い。一度観たくらいではどこまで理解出来うるのか計り知れない。再演はあるのかどうかもわからぬから、眼前にあるそのステージを大切にしたい。

ただただ楽しいあなたが好きさ 暗い僕を盛り上げるからね

 

「ここは何でも揃うな」と劇場近くのドンキホーテは猫のポチ袋と焼きパンのシールが隣り合って陳列されてあった。

赤、白、青、緑、ピンク綺麗な照明ですね。音も凄く響いてきます。

夏の思い出となりました。渋谷でさゆみちゃんを観るのは初めてです。

本当良い劇場ですね。来ることが出来て良かったです。

 

客全体の一体感は凄いものがあった。演じている本人も感じていたにちがいない。あぁ、私はさゆみが好きなのだ。どこまでもこの想いにステージで応えてくれるのが嬉しい。

 

昔、晃生の諸先輩方から聞かされた

「遠征は甘いお誘いがあるかもしれないと思って行くものだ」

と言っていた。

「はぁ。そんなものなのですか。ステージを観に行くのでは無いのですね」

と関西の劇場しか知らぬ私はそう答えた。しかしあの時こう言ってやれば良かったと後悔している。

「あなたの雑音でしかないタンバリンと美しくないリボンを止めれば、そういうこともあるかもしれませんね」

と。

 

いびきと酸っぱいオッサン臭が立ち込め、斜めにならないと横になれなく、ちょnの間よりも狭く蒸し暑いカプセルの寝床は、旅の疲れを一層助長させる。TVを付けるとつまらぬAVが流れていた。「流石にこれでは無理だな」と思いながらぼんやり眺めていた。ビジネスライクな喘ぎ声を聞きながら、終演まで観ていた先程のステージを思い出せは、直ぐに果てるのではないかとさえ思えてきたのは火照った男の性であろう。

「きっと踊り子か行きずりの女を抱いてる夢でも見れるじゃねぇの」

さっきまでのその海馬に刻まれたステージの記憶と共に眠れれば調度良い。そう思い、かばんの中を見たらボディシートしか無く笑った。

「ストリップは女性客も楽しめる芸術だろうが」

といい聞かせ、大部屋の雑魚寝の部屋へ移動した。自販機でカップ酒を買い、ロビーで売っていたさゆみちゃんの写真集を捲る。

「観ていない演目は2年前の引退作だけかと思っていたけど、もう一つ観ていない演目があるな」

と思った。

「デビュー間もない頃は、前カノの目元と左利きのところは似ている」

どこまでも庇護欲を抱かせるには充分で、「これが俺の今年の夏の思い出」と一人ゴチになりながら一気に酒を煽り、ただひたすら外が明るくなるまで横になり待っているだけなのであった。

 

 

観劇日:8/15(木)