年暮れぬと思すも心細きに、若宮の「儺やらはむに、音高かるべきこと、
何わざをさせさむ」と走り歩きたまふも、をかしき御有様を見ざらむことと、
よろづに忍びがたし。  源氏物語  幻の巻

 

節分は、文字どおり「季節を分ける」

季節が移る節日、立春、立夏、立秋、立冬の前日を指している。
旧暦では一年の始まり

大晦日に邪気(鬼)を祓って、気持ちも新たに新年を迎える。

無かったことには出来ないけれど、

もう一度、「捲土重来、未だ知るべからず」

準備を出来る限り整え、厄災を迎え撃てたらと思う。

 

 

しーちゃん、若鳥でしたね

今も見た目は変わりませんが、おか~~しゃん、君にお嫁さん若しくはお婿さん

迎えようかと思案中。

 

NHK 正座して待ちましたが、、、、

 

 

 

早くも「光る君」脱落致しましたm(__)m。

まひるがどのように、式部へと変貌していくのか

道長が権勢の虜となっていくのか

見ていない(1,5倍速~2倍速で見ておりましたので、情緒も何もなしで、結果見ていない)=ご衣裳、調度品の煌びやかさに、おっかねかけていますなと驚嘆。

同じNHKの100カメで、制作部門、見たいです。

 

私の自儘な感想です。

御伽噺を見ているような・・・

昔、あるところに、とても利発な少女がおりました。残念なことに、高貴なお生まれとは言えない、受領の父、されど、地下人ではありません。

シンデレラや白雪姫よりも遥か昔、生まれは裕福、出自も貴族?、ただ、落剝の身。

ありぇねぇ!

道長君の二人の正妻は倫

藤原北家の三男坊が望んでも得られる家柄の姫達ではありません。

それを持ち前の粘り強さで道長君は婿に入り込んだのですぞ。(えげつない)

なのに、受領任官すら逃す家のまひると、、秘かに思いあう????

 

「今は昔」

「昔 在るところに男ありけり」

    からの脱皮・・・

「いづれの御時にか」

御時」は、ご治世の意味。

「帝の」の意が省略されている。

 お伽噺、昔話から、物語へと移行。

それは、書き手の式部(まひろ)が、

めでたしや、竹取の翁や、はちかつぎ姫の嘘八百に憤っていたのではないか。

この世はそんな甘い夢に満ちてはいない。

身分の差は生まれ落ちた時から己が顔のように生涯を左右する。

そんな浮き世に生まれた

だから、何とかして、自分であることのアイデンティティーを確立したい。

 

物語

 

現実ではない「いつの時か」、でも「現実でもあった」語り

大鏡、栄花物語とは次元を異にする、物の語り

おおおおおおお

清少納言は「ききょう」ですか!

 

もうそろそろ、

じっくり 見ますぞ。春三月、花月、桜月、雛月

 

 

 

きくさい生い茂る「木草弥生い茂る」・・・弥生さん

もうすぐですね

中の関白家!

 

花見月ですわ、其のときは見ましょうぞ