京都と彦根 | 面打 能面師 新井達矢の制作日記

面打 能面師 新井達矢の制作日記

日本の面に向かう日々



月に二回の能面教室と能楽鑑賞以外は殆ど自宅工房で面を手にする毎日ですが、またまた関西に行ってきました。


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初めて伺ったのは、能楽堂が移転されて間もなくの頃、その後2、3年は拝見した記憶がありますが・・・
地元のお祭と日程が重なることが多く、一、二週間後に開催の片山家展を拝見したい年は諦めるので、久しぶりの金剛家虫干し拝見となりました。

名品ばかりが並ぶ様は壮観そのもので、雪の小面はやはり見事。
最近ご宗家が入手されたという「稲刈尉」と称する面は、古雅で個性的な中世まで遡るといわれる本当の意味での古面。小尉や阿瘤尉に近いながら、様式にとらわれない伸びやかさを感じる面。
そもそも尉面は分類し難い自由な造形の面が多く存在しますので、その中でも特に古作であることが貴重ではないでしょうか。
来年この面で御宗家が「木賊」を舞われると仰られていましたので、伺いたいところですが。。
見所には大先輩や有名な学者さんがいらっしゃり、宝塚の男役のような最近話題の超美形能面師さん、同世代の女流能面作家さんもご丁寧に挨拶下さって、御流儀の若手能楽師の方々もご紹介頂きました。
ネットを介してお顔を拝見しているので、初めてお会いした気がしないのは変な感覚ですが、皆さんそのように仰っていたのが印象的でしたね。

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翌日は彦根に向かい、彦根城博物館に初めて伺いました。
一番の目的は中村直彦先生の特集展示を拝見するためです。
幕末明治で世襲面打家が絶え、復興に尽力された第一世代の代表的な方で精力的に多くの面を制作されました。



能面「弱法師」 中村直彦打

会場内は撮影禁止でしたので、私が所蔵している氏の作品をご覧ください。

ご宗家の本面とは少し違いますが宝生形に近いでしょうか、苦悶の表情を強調した系統です。

「作彩色」(つくりさいしき、さくざいしき)とも呼ばれる刷毛目を研ぎあげ平滑にした肌は、同世代の神楽面の面打、羽生光長師の作風にも似ていることが興味深いです。



面裏に押された焼印の実物も展示されていました。
近代彫刻を思わせる簡潔で切れる刀跡に、画像には上手く表れておりませんが、白緑と思われる顔料が挿されています。

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こちらの常設展示は撮影自由なのが有り難いですね。
能面集ではお馴染みの今若ですが、実物は尚も繊細な精神性を感じる美しい男面でした。

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こちらも然り。甫閑は上手い面打ちなのだと再認識した一作。

実を申せば、大野出目家歴代で最もピンとこない作者でしたが、この面には引き込まれました。

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解説に×の箇所があります。お気付きになりますか。
諸説ありはともかく、決定的なものです。

しかし若い女面が一面も展示されていなかったのは残念でした。
大和の小面、是閑の小姫、友水の相生増、面裏に哥と彫られた若女な等々、素晴らしい女面を多数ご所蔵。

能らしい能は鬘物ですし、能面の代名詞といえば「小面」などの若い女面だと思いますので、せめて一面だけでも拝見したかったですね~。

外国人の方にはウケないようですが・・・・


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この企画展のために作られた図録です。
今回展示されていた面の写真はもとより、古面や自作の面から採取した石膏型や刃物などが掲載されています。
近代没故者の面打の中でご遺族がこのように遺品を大切にされている方は他に思い当たりません、お幸せですね。

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こちらも購入。

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理想的な写真と構成です。
平板ではなく、かと言って黒く潰れた部分がある芸術系なわけでもない適度に立体感を表現している撮影は文句のつけようがありません。

正面、側面、面裏、両斜め。それも照らし気味曇らし気味と工夫されています。
これだけ揃っている図録は未だに極少数では無いでしょうか。

そして切張りされていないのも実に良いですね。

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こちらは背景に解説を書き込むためか、上記のように撮影した画像の面だけを切り取って貼り付けたものと思われます。
貴書は上手に切られていますが、多くの場合はガタガタした線になり、切り過ぎや逆に残る部分が出たりと大きく印象を損ねたものが少なくありません。
髪の毛一本の線の変化でもあれば大問題なので、可能な限り切り張りは止めて頂きたいというのが個人的な思いです。

炎天下、大きな面箱を抱えて伺った甲斐がありました。

 


 




近作の中将、友閑を写させて頂きました。

本面を横にした制作の場合は彫刻の絶妙な凹凸は無論、彩色の味わいまで再現したいという思いに駆られます。
友閑らしい刷毛目が無く油を用いて砥ぎあげられた肌、当初から施されている古色に加え経年による疵や染みが生んだ得も言われぬ景色。これらが混然一体となった美しさを再現したいものですが、時間を掛けても難しいです、当り前ですが。

裏も“何となく”似せて、鼻穴間の三本の「報せ鉋」も真似してみました。しかしその奥には自分の「報せ鉋」にしている「井桁」を彫っているので焼印が無くても偽物ではありませんです。。。。

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古風な飛出、たぶん本当に古い(中世まで遡ると思われます)面を短時間でザッくりと。
顎が細く黒髭のようにシャクレ上がり、両者の近似性を思わせる個性的な造形。
いつもより少ない型紙で作りました。

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これは氏春先生の工房で先生ご使用の型紙を直接厚紙に写し取らせて頂いたもので「小面・河内打」。
93年、7月10日とありお宝の一つ。

これがいわゆる長澤流における一組の型紙で、型紙派?の中でも少ない方ではないでしょうか。
子供の頃大変お世話になった兄弟子にあたる倉林朗先生のご著書には、このような型紙を用いて打つ長澤家の小面の制作方法が詳しく解説されています。

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これは昨年拝借した小面から採取したもの。
左の二列は横断面を表したもので、特にこれを沢山作ることが大きな違いです。

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能面を平面上に置くと紐穴周辺から顎と頭に掛けて縁が反り上がるような形をしています。
長澤家ではこれを「ソリ」と呼んでいたのですが、面打の中でも一般的では無いと最近知りました。

同じ横断面の型でも上のようにソリ(縁)まで作る派と。

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このよう接地面まで作る派があるようです。

本面が手元にある場合は大らかな彫刻的な歪みを充分に観察することが可能ですが、写真からそれを読み取ることは不可能に近いです。

縁までの型紙の場合、左右に間違って振れると全体の歪み方に影響が出てきますが、
接地面まで作っていれば基準があるので、そのような不都合も少なくなります。
従って最近は接地面までの高さを含んだ型を作るようになりました。

型紙を採取する作業は、貴重な本面を傷ませないよう神経を使い、技術と時間を使う非常に難しいものであり、
面打の財産として世襲面打家でも殊更大切にされたようです。


                                                                橋姫    

 

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                                                              蛙

 


                                              創作面   赤鬼 青鬼
 

一方で簡単な寸法と写真を頼りデッサンし、様々な資料をあさって作ることもあります。
創作面の場合は資料も殆ど見ないので自分の顔に似てしまう怖さがありますが、創作彫刻(ゲイジュツ作品?)に近く特殊な感情が湧きあがり楽しめます。