怖い夢を見た。
どんな夢かは覚えていない。
でも、たぶん怖い夢。
胸の辺りにもやっと怖い気持ちだけが残ってて、ちょっと重たい、そんな感じ。
小さい頃は走ってお袋の蒲団の中に走って行ったっけ。
お袋の所に着くまでも怖くって、目をつぶって、思いっきり両手を振って。
お袋の腕に包まれると、やっと安心して眠れて。
隣に目をやると智君はいない。
もう起きたのかな。
そっとシーツを撫でてみる。
シーツは仄かに温かい。
さすがに俺の体温でここまで温かくはならないだろうから、
起きて間がないに違いない。
昨日の夜の絡みつく智君の腕を思い出す。
最近は……夜の生活もおだやかなもんだ。
昔のように時間があればヤル!という感じではない。
智君に時間ができたせいかな?
二人共忙しくて、時間が合う時を外すわけにはいかない!
そういう気持ちはなくなった。
歳のせいもあるのかも?
10代、20代はいつでもできたし、毎日でもしたかった。
その頃よりは性欲も落ち着いたのかな。
抱き合って寝るだけでも十分満たされることを、体も心も理解したのかもしれない。
ほら、若い頃って頭は理解しても、体は理解できないってことがあるから。
ベッドの上に起き上がって、後頭部をポリポリと掻く。
薄っすら出汁の匂いがする。
智君はキッチンか。
大きな欠伸が出て、胸の辺りのモヤモヤが少し薄れた気がした。
ベッドの下からTシャツを拾い上げ、腕を通す。
一度、ブルブルッと頭を振って、足を床に着ける。
さらにもやっとが薄れるかと思ったけど、そうはいかないらしい。
寝室を出ると、いっそう出汁の匂いが濃くなった。
カーテンの開いた明るいリビング。
智君がキッチンで葱を切る音が聞こえる。
胸の中のもやっが、さらに薄くなる。
「あ、翔ちゃん起きたか?」
智君がチラッとこっちを見る。
骨っぽい肩が、Tシャツに筋を作ってる。
昨日の夜の智君の鎖骨を思い出す。
俺を抱き締める智君の鎖骨は、窪みができて吸い付きたくなる。
もちろん、そこに吸い付いて、軽く甘噛みしてやりましたよ。
だって、そうすると智君てば、いい声を出すんだから。
「おはよ。今日は朝、ご飯?」
「ん、今、味噌汁作ってる。旨いぞ。」
智君が微笑んで鍋を掻き回す。
ゆっくりカウンターを回ってキッチンに入ると、智君も俺と一緒でTシャツにパンツ一丁。
「シャワー、浴びてくるか?」
「いや、コーヒー淹れる。」
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「味噌汁作ってるのに?食べ終わってからでいいんでない?」
「ちょっと先に飲みたい。」
智君が少し首を傾げ、鍋の火を消す。
「そだな。俺もコーヒー飲みたい。」
いそいそとコーヒー豆を取り出す。
俺は、コーヒーメーカーに水を入れ、智君の出した豆をセットする。
スイッチを入れ、智君を見ると、智君が柔らかく笑う。
胸のもやっが、半分くらい消えていく。
肩を抱いてソファーに向かい、智君の前髪を撫で上げる。
「翔ちゃん、今日は何時?」
「14時入り。」
そのまま、ゆっくり唇を重ねる。
もやっとしたものが掻き消されて行くのがわかる。
「コーヒーすぐできんぞ。」
「うん……。」
唇の端を舐めると、智君の腕が俺の頭を包む。
「飯も。」
「ん……。」
返事もそこそこに智君のTシャツの下に手を入れる。
「聞いてる?翔ちゃん。」
「聞いてる……。」
もう一度唇を重ね、今度は深く侵入していく。
ああ、俺の性欲は……まだまだ若い頃と変わらない?
それに……怖い夢の解消の仕方も、全然変わっていないのでは?
「あ……しょうちゃ……。」
いいの!
ほら、智君だって、鎖骨の感じ方、昨日と同じ!
変わらないことはいっぱいある!