深度35「雪の日」の巻
春生まれながら、イチバン好きな季節は冬です。
汚い看板も、不用意に張り巡らされた電線も白く隠す雪が好きです。
雪が降る表現で、「しんしん」と日本語では申しますが、音もなく、それどころか周りの雑音を吸収する雪に、「しんしん」などと誰がはじめに言ったのでしょう。まことにすばらしい。
空気の冷たさが身を引き締め、足元からギュ!ギュ!と冷たさを語りかけてくる。
普段何の気もなしに、行う呼吸は目の前で白く、不完全な円を描き、肺を痛く締め付ける。
ちゃんと生きていることを確認する。
何枚にも重ねられた洋服は、夏のそれよりも遥かにセンスを問われ、ごまかしのきかない色彩を組み上げる。
寒さで背を丸めるのか、あえて胸を張るのか、背筋とこっそり相談をする。
いつもは主役の大通りが汚く轍に荒らされて、いつもは端でいじけている小道が、新雪を誇らしげに纏っている。
野良犬が「こんなものを喜ぶのは家犬だけ。」と、恨めしそうに空を見上げる。
乱暴者もやさしくアクセルを踏み、小さなスプーンでスープを組み上げるようなブレーキングを心がけている。
耳の軟骨が痛みを讃え、鼻の軟骨が涙を誘い、古傷が記憶の引き出しを無理やりこじ開ける。
普段歩くことを億劫がる足が、ちょっと遠回りの帰り道を選択してきた。
前髪に触れて雫になって、心の奥にぽつんと落ちる。
雪の日は、こんなおっさんをも詩人にしてしまう。
さて、今夜は焼きスルメに熱燗といこうか。