これから過ごす「ひと月」と過ぎ去った「ひと月」 | 小さな花、咲かせよう  【夢の修理屋】                    

これから過ごす「ひと月」と過ぎ去った「ひと月」

高校時代の友人たちと朝まで飲み明かした。


ある友人が、「どうして年齢を重ねるにつれて、1年が短いと感じるか分かる?」

と自慢げに皆に質問してきた。彼は自分のことでなく人のことを自慢するのことで

僕らの中では有名だった。昔のように、彼は誰かから聞いたというネタを自慢げに

話してきた。


しかし僕らは、負けず嫌い。彼が持っている答えを答えと認めない。

残りの皆で答えを作ろうと言った。それから彼に答えとやらをしゃべらそうと。


ひとりは、「未来に向かっていく時間割が昔ほど細かくなくなった」と答えた。

もう一人は「死までの期間が短くなった」と答え、もう一人は「叶えられる夢の

数が減るから」と答えた。


答えとしては全て間違っていないような気がした。


彼が口を開いた「15歳のときの過去の1年は、15分の1。60歳の過去の1年は

60分の1。だから歳が経つにつれて1年が短く感じるんだ」


皆が辿りつけなかった、そして論理気的な答えに彼は満足そうだった。


でも僕は次の点に注目した。これから過ごす1年は、

年齢に関わらず平等にやってくるということを。