S side







好きだよ。

好きだった。



あの頃の俺は……



潤のことが、
自分でも驚くくらい大好きだった。


アイツが俺らの学部へ合格してからの1年間、俺達は同棲をしていた。もちろん、潤の親には内緒で。


なぜそれが1年間バレなかったって?


潤の親父が海外転勤をしていたからだ。
簡単には帰って来れない取り引き。
上には上のやり方があるってもんで、世界を股に掛ける上流階級は、俺は今だに好きじゃない。



やるならもっと効率的にすればいいのに。
とは言え、その古びた思想のおかげで
俺と潤は短くても一緒に過ごせたわけだ。



朝起きれば、潤が入れてくれたモーニングラテを飲み、夜は潤の色気に満ちた情欲に煽られ、何度もその奥を愛した。


気怠げにうつ伏せで眠る潤の頬にキスを落とせば、『ふふっ』と柔らかに微笑む潤。その微睡んだ黒曜石色の瞳が好きすぎて、俺達は夜が明けるまで抱き合っていた。



その頃の俺達はやっぱりまだ若すぎて
学生で親のスネを齧って生活しているにもかかわらず、自分たちの力だけで何でもできる気になっていた。


成績だって悪くない。
人脈や将来へのコネクションだって問題ない。なのに、なぜ俺はあの日、潤の親父にぶっ飛ばされなければならなかったのか。





予定よりも早く帰国した潤の親父は
俺の部屋にズカズカと上がり込み、
まず潤を殴り、それを止めた俺をも殴った。


そして『櫻井、親父の会社を潰したくなければ、今から潤の事は忘れろ。』と、言い放った。


腸が煮えくり返るとはこのことで
なんで俺の人生をこんなジジイに指図されなきゃなんねーのか。マジ意味わかんねー!



その俺の激情を察した潤が
怒り心頭で声を荒げた。

『翔くんはオレに付き合ってくれてただけだ。親父がどうこう言うなよ!翔くんに悪いだろ!』


その潤をまた殴り飛ばし、潤の親父は俺への処罰とうちの会社を潰すことを言い残し、その場を去って行った。




マジで意味わかんねー。

親子の関係ってこんな力関係なのか?



潤は何度も俺に謝り、
あの人ならやりかねないと言い残して
次の日、実家に帰った。

なぜ俺達が潤の親父の言いなりにならなければならないのか。その理由は、次の日のニュースにデカデカと載っていた。



うちの親父の会社の株式の大半を
潤の親父が買い占めた。

ならもう、それは潤の親父の会社だと言ってるようなもんだろ。




俺ん家も意外とでかいぜ?
そんな簡単に……

母親からの電話は、
申し訳なさ過ぎてすぐには取れなかった。
ただ、何を聞くことも無く
母親が俺の安否を気づかってくれた。




俺は。




俺は、何を勘違いしていたんだろうか。




潤を守ることも出来ず、周りにさえ迷惑をかけている。そんな自分の姿を鏡で見れば、なんてことは無い、ただの茶髪のチャラそうなガキが写ってるだけだった…。




無力とはこのこと。




俺が大学を他校へと編入する頃、潤との共通の友人、ニノから嫌な話を聞いた。



潤が、海外へ送られる。


表立っては聞こえのいい『留学』という言葉も、その裏をたどればなんてことは無い、体のいい隔離だろ。俺と潤を会わせない為の。


国内にいれば必ずいつかは会える。


でも、海外となればそう簡単には行けない。なぜなら、その場所さえ誰にも、潤本人にさえ教えられてないのだから。

潤のスマホにはGPSがついているので実家に置き、ニノとやり取りしながら2ヶ月ぶりに潤と再会した。





郊外の、寂れた図書館の裏。


人気のない所を探したらヒットした。
安易な場所選びではあった。


潤はかなり痩せていて、ただただ泣きながら俺に謝り抱きついてきた。

その首筋から香る爽やかさは、一緒にいた頃と少しも変わっていなくて、胸の奥が張り裂けそうなほど苦しかったのを覚えている。


その時、潤に渡されたのが2つの懐中時計。

1つは潤、1つは俺。


『どこに居ても俺達の時間は変わらない。』

潤がそう言いながら、その場に落ちてた石で、時計の裏に自分のイニシャルを刻んだ。

Sは潤が、Jは俺が持つ。


いつまた現れるかも知れない潤の周りの大人たちに怯え、俺達は抱きしめ合いながらキスをして別れた。


『またね、翔くん。』



そう言って綺麗に微笑む潤の涙を
俺は拭いてやれなかった。


その涙を拭く前に、潤はもう
走って行ってしまったから。





結局、


潤を見たのは、それが最後だった。












次は、おやつは甘いの大好き3時です。