土曜日。
ギリギリまで悩んだ。
俺があのカフェに行くのは、休日出勤するようなもんだ。そんな面倒臭いこと…。
でも、西園寺くんの最後の笑顔が
ずっと脳裏から離れない。
素直そうにニコニコと微笑み、
俺を信じたようにキラキラと見つめてくる目。
潤、お前はなんで自分の息子に俺の事を話したんだよ。西園寺くんを見てると、あの頃のお前を思い出さずにはいられなくなる。
お前も俺を、あんな風に見つめてたよな。
西園寺くんは、潤の息子であって
潤ではない。
わかってはいるけど、彼の中に
お前の面影を探してしまう俺は
やっぱりまだ、こんなにもお前を好きだよ。
2時、カフェに到着すると、その入口には先に西園寺くんが立っていた。俺を見つけると嬉しそうに駆け寄り、手をブンブンと振られた。
「ちょ、恥ずかしっ…」
「ふふっ 櫻井さん、来てくれてありがとうございます!」
「いや声…、声が大きいのよ…。」まだ入口とは言え、ここはお前のバイト先だろうが、と、周りの同僚たちの目が気になってしまう俺はもう、彼に親心さえ生まれてきている。
『窓際の1番いい席、取ってあるんで!』と、手を繋がれて言った先には、すでにお客さんが1人座っていた。
「ただいま。」
「いや、お前 腹大丈夫か?」
西園寺くんが、声をかけた客が振り返ると…
「……潤。」
「………え、…………しょぉ…くん?」
「ふふっ」
「カケル?」
嬉しそうな顔して口元に丸めた手をかざしながら笑う西園寺くんと、驚きで固まる俺を交互に見る…潤。
潤が……
少し歳を重ねた潤が、
目の前のイスに座っている。
突然の潤は心臓にヤバい。
お前さ、何でまだそんなに…
「しょぉ…くん……?」
あぁ…
その甘い声も好きだった。
でもまあ、先日の西園寺くんの話だと
今の潤は俺との関係は精算できてる感じだし
とりあえずこの場は何とかやり過ごそう。
「ふっ 何回呼んでんだよ。」
やっと出した俺の声は
…大丈夫。
震えてはいない。
相変わらず驚いた表情の潤に
勝手に傷ついてた心が癒されていく。
マジでさ、お前の存在自体が俺には癒しだわ。
潤がスッとイスから立ち上がり
俺の方へと1歩近づいた。
「え、本当に翔くん??」
「潤、…久しぶりだな。」
「へーっ 櫻井さん、『しょおくん』て言うんだ。父さん、僕にはずっと『先輩』て言ってたのにねw」
「カケルッ……//」潤が2人だ。
いや、マジ、こうして見ると
ソックリだな。
面影どころじゃない。
父親の隣でリラックスしてるからか、西園寺くんの表情がすごく落ち着いていて、可愛らしくニコニコと笑い、
……正に、潤2世だ。
「取り敢えず櫻井さんも、父さんも座ろ?櫻井さんの飲み物は後で来るから。」
「カケルが頼んだのか?お前ちゃんと…」
「うん。ラテでしょ?」
「ふふっ 当たり。よく覚えてたな。」
「だって、父さん、いつも言ってたから。」
何だこの会話//
親子で同じ顔して俺の飲み物を当てるとか、マジなんなんだ。
潤はどれほど俺の話をしてきているんだろうか。…俺らの関係の、どの辺まで……。
こうして2人を見比べてみると
意外と、俺には眼福であることが分かった。
イケメンで可愛いを兼ね備えた松本親子(離婚済み)は、きっと、街に解き放ってはダメだ。世の女性の視線が一気に集まって仕方ない。
2人はカフェを背に、イスへと座らせる。申し訳ないが、カフェ側を一望できるソファへは、俺が座らせてもらった。お前らへの女どもの視線は、完全にシャットアウトだ。
俺は西園寺くんの対面に座り、潤は西園寺くんの隣りへ。
「父さん、櫻井さん、ごめんなさい。」
「え?」
「なに、急に。」
座った途端、謝りだした西園寺くんに
潤と2人で顔を見合せた。
「えっと、僕、嘘つきました。」
「何の。」
「何が?」
意を決したように話す西園寺くん。
俺を見て、それから、隣に座る潤に体ごと向き合った。
「父さんの懐中時計、実は僕が持ってんだよね。無くしたって言ってごめん。」
「え?」
西園寺くんは、何かを言いたげな潤にごめんと謝り、そして直ぐに俺へと向き直った。
「それから、櫻井さんにも。…父さんに貰ったって…嘘なんだ。僕が、父さんに一日だけ借りて、そのまま『無くした』って嘘ついてずっと持ってた。」
「え?」
「え?」
西園寺くんはおずおずとポケットから懐中時計を取り出し、テーブルの真ん中にコトンと置いた。緊張しているのか、少しだけ震えた声で話し出す。
「僕はね、父ささんに僕との時間を覚えておいて欲しかったんだ。だから時計を自分の元に置いておきたかった。父さん普段はつまんなそうなのに、先輩の話をする時は本当に幸せそうだったし、そんな父さんと話す時間が僕には最高に幸せな時間だったから。」
「カケル…」
潤が西園寺くんを見つめている。
「それにさ、僕は自分の名前が好きだよ。…でも、母さんは今になって僕の名前を変えようとしている。父さんと別れて、それでもまだ僕が父さんと仲が良いから、僕から父さんの全てを奪おうとして。」
「もしかして名前を、改名しろと言われたのか?」「うん。カケルはやめて、西園寺に相応しい名前にするって。」
「…アイツ、カケルにまで…。」
西園寺カケル。
カッコいいし似合ってると
俺は思うけど。
「ね、櫻井さんの名前、もしかして羊に羽?」
「そうだね、翔…と書くよ。」
「僕もなんだ。」
「ちょっ…カケルッ//」
「なんで?父さんが言ったんじゃん。世界で一番好きな恩人から名前を頂いたって。それが櫻井さんなんでしょ?」「マジで、お前なぁ…///」
頭が痛ぇ。
この話に着いていけないのは
俺だけなのか?
潤…
お前、自分の息子に俺の名前をつけたのかよ。
心の中が
ギュッと掴まれるように痛い。
「翔くんの断りもなく、勝手にゴメンね。」
「いや、まあ……、俺はありがとうだけど。……じゃあ、西園寺くんて、ずっと『松本 翔(カケル)』って名前だったの?」
「はい。いい名前ですよね。」
「うん。……スゲー良いよ。」
「ありがとうございます。」
『松本翔』
まるで俺らが結婚したみたいだな。
まあ、俺なら潤を俺に嫁がせて『櫻井潤』にしてやりたかったけど。あの頃の俺たちには…無理だったよな。
潤の子供へなら出来るってことか。
潤の時計も、俺が考えていたように
潤から手放したわけではなかったし
ある意味俺は今、色々感動して胸が痛い。
でも待てよ。
前回の西園寺くんの話を踏まえて考えると、潤の離婚の原因ていうのは
俺……という事になってくるのでは。
「潤、お前、…離婚したんだってな。」
「えっ そんな事まで話してるの?」
「色々とね。懐中時計も見せてもらった。」
「は?…じゃあ、カケルと翔くんて、今日がはじめましてってこと…」
「なわけねーだろw 」
「ふふっ 父さんて、櫻井さんの前だと可愛いんだねw」
「ぶっ」
潤が
飲んでた水を、少し吹いた。
「ふふっ でね。僕は、翔の名前が気に入ってるし、僕と同じ漢字であろう櫻井さんの事も好きだった。」
「「好き?!」」
また、潤と顔を見合せた。
次はウキウキウォッチの12時。