#4
晴れたら晴れたで、茹だるように蒸し暑い。
四方をコンクリートに囲まれていても花や樹木は育つらしい。
元気な植物たちを羨ましく思いながら、ネクタイの結び目に指を入れ襟元を大きく寛げる。
貴重な晴れ間から熱光線のような夕陽が射し、翔の不快指数はうなぎのぼりだ。
はやく帰って水を浴びたい。いやその前に、
「あー……っちいな。一服してぇ……」
胸元の煙草に手を伸ばしかけて舌打ちする。
癖というのは恐ろしい。
オフィス街でスーツを着たまま咥えタバコなど言語道断なのは百も承知だが煙が恋しくてたまらない。
御守り代わりのライターをジリジリ鳴らしながら深呼吸をしてみるが、吸いたい気持ちが募るだけなので虚しくなってポケットに仕舞う。
それでもほんの少しだけ、顔を上げると視界が広くなったような気がして眦を下げた。
晴れたり降ったり、忙しない天気のせいで道行く人の顔もどこか険しい。
まだ法科生でもない翔が実習に呼んでもらえたのは単に優秀な先輩のおかげであり、ゼミとしても、とても有り難い話らしかった。
といっても別に、断れなかったわけじゃない。
司法関係に進むかどうかさえ決めかねていた翔が前のめりで実習に参加するなんて、声をかけた教授がいちばん驚いたことだろう。
「進路予定にはまったくなかったのにな…」
どこで興味をもたされたのか、誰かさんの怯えた顔がチラついて苦笑する。
自分は案外、素直でわかり易い男らしい。
「はぁ帰ろ。あいつ、今日も夜中バイトかな」
ピンで固定した『雅紀』の画面。
トークの吹き出しに指をそっとはわせてみる。
連絡はいつも自分からだ。
彼は自分にスケジュールさえ教えない。
どうやら以前、翔が助けたことを負い目に感じているのは知っていた。
雅紀が断れないのを利用して、なし崩しに関係を持ち続けているのも自分だった。
「ははっ、最低だよ俺」
実習でしばらく忙しいと伝えたが、あんなものは嘘だった。どんな反応をするか見たかっただけ。
少しでもさみしそうにして、あわよくば、雅紀の方から連絡が来たら万々歳だ。
翔はそれだけで自分の想いを飲み込んで、彼の敬遠する重苦しい感情を見せないように接してやれるのに。
「……来るわけない、か」
深夜帯のシフトに入ったあと、雅紀は疲れて昼まで眠ることが多い。
この時間ならばそろそろ起きてる頃だろう。
「あー、雅紀。ん、ん? 終わったよ。
今日ってさ…ヒマ?」
もくもくと湧く雲を見上げて目を細める。
緊張で、手にはじっとり汗をかいていた。
「そう。あー…じゃあゴム、買ってきて」
最低だよ、ないわ俺。
余裕がないと殊更冷ややかに振る舞うのは自分の悪い癖だった。
あの年下の知り合いに気軽に電話をかけたことなど、翔はただの一度もない。
つづく