18
————ヨンファ!
思わず名を叫びそうになってしまったウンスと、ヨンファの目が合った。ウンスを見たままピタリと止まってしまったヨンファに、シヌが訝しげに名を呼ぶ。
「ヨンファ?」
ハッとしたようにヨンファはウンスから目をそらして「ああ」と呟くと、ウンスの詳細についてシヌに説明しろと視線を向けた。
「その人はユス。医者らしいんだけど、旅の途中で怪我したのを連れてきたんだ。治るまで置いてくれって頼まれて…」
「そっちの男は?」
「ユスの兄だって。戦闘に巻き込まれて、矢に射られたらしい」
「おい女。今の話は本当だろうな?」
ヨンピルに担がれてぐったりとしているヨンをちらりと見ると、ウンスに声をかけた。
だがヨンファの呼ぶ声はウンスの耳には届いては居らず、その目が向けられているのはただ一点だ。すぐ後ろで手を自分の掴んでいるヨンファの胸元、そこには金の首飾りがかけられていて…
夢を思い出す。
心臓を射られたヨンが倒れている場所で、視界の端に見えたものは鈍く光る金色の何かだった。
————まさか…
ヨンファが、ヨンを殺すとでも言うのだろうか。だが、そうだとしたら未来の高麗でヨンとヨンファが会えたこと自体が、おかしいことになる。
————違うの?
敵か味方なのか分からない。そもそもヨンファについては義賊だと聞いていただけて、信頼出来る相手かどうかも分からなかった。
ウンスは無意識にヨンファの瞳をじっと見つめる。野生の獣を思わせる瞳は、あの時見た瞳と変わらない。だが、あのときわずかに見えた暖かみを今は感じなかった。
「シヌの言った事は本当かと聞いている」
グイと腕を引っ張られた痛みにはっとして、ヨンファの言葉が耳に入ってきた。ウンスを見定めるように見つめる視線と緊張した空気に、ウンスも負けじと目を逸らさずに「本当よ」と答える。
互いに視線を逸らさず交わし合っている姿に、シヌもヨンピルもどこか驚いた様子で見ていたが、やがてウンスがポツリとつぶやく。
「シヌの言った事は本当よ。お願いだから…兄が治るまででいいから、ここにいさせて」
ぐっと自分をしっかりと見るウンスの目を見て、ヨンファはにやりと笑う。口を開かなかったウンスに、怯えているだけのただの女かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
————おもしろい
「おい、ユスと言ったか」
「何よ?」
「ここにいたいなら働け。医師か…それとも、身体を使ってもいいが?」
「身体?」
「こういうことだ」
掴んだ手を引いてウンスの身体を反転させると、ウンスの腰に手をやり引き寄せる。いきなりの事に目をまん丸に開いたウンスみてクスリと笑うと顔を耳元に寄せ「どうする?」と尋ねた。
ウンスはかっと顔を赤くすると、力一杯ヨンファをつきとばしたつもりだったが、実際には自分が後ろによろけただけた。
「医者として働くわ!」
「それは残念。おいシヌ、一番奥に案内してやれ」
ちっとも残念そうにない顔でそう言うと、部屋の一つに向かっていくヨンファをウンスは慌てて呼び止める。毒に詳しい人がいたら是非ともヨンを診てもらいたい。
「待って!」
「なんだ?気が変わったか?」
「そんなんじゃないわよ!ここに毒に詳しい人はいる?」
「毒?そいつは毒にでもやられたか?」
「ハッキリとは分からないけど、その可能性が高いの。でも私は毒には詳しくないから…」
「もう少ししたら帰って来る筈だ。そいつに診てもらえ」
「ありがとう」
「ああ、あと気が変わったらいつでも来い」
「変わらないわよ!」
人をからかうような言い草は変わっていないようだ。ウンスとヨンをここに居させてくれるのだから、悪い人ではないかもしれない。だがやっぱり嫌な奴!とウンスはヨンファを睨みつけると、それに気づいたヨンファはクッと笑いながら、今度こそ部屋に消えていった。
「なんなのよ!あいつ」
「あれはヨンファ。ここの頭で…」
「そんなこと知ってるわよ!」
「え?」
「え、ああ!こっちの話」
「とりあえず、部屋に行こう」
シヌとヨンピルはウンスを一つの部屋に案内すると、ヨンを横にして必要なものを揃えてくれた。手際良くヨンの服を着替えさせて容態を診ると、濡れた所為なのか毒によるものなのか 少し熱が出てきている。ウンスはぎゅっとヨンの手を握る。
————テジャン…
洞窟の中なので薄暗いが、二人が灯りを持ってきてくれたのでとりあえずの問題はない。小さな部屋だがヨンの看病には十分だろう。
「他に必要なものはある?」
「薬草が必要ね」
医師として働くのであれば薬草が必要だと伝えると、ある程度のものは揃っているが無いものは明日市場に行って買ってきてくれるとのことだった。
「さっき毒に詳しい人がいるって言っていたけど、ここには医師がいるの?」
「ああ。医師って程じゃないけど、怪我した時には治療が必要だから」
「なるほど…そうよね」
野盗というのであれば、余程の事が無い限り自分たちで治療をしなければならないのだろう。
————郷に入っては郷に従えよね
「ねえシヌ、ヨンピル。あなたたちの生活の事を教えて。働くからにはしっかり役に立ちたいの。あなたたちのことを知らないままじゃ、効率よく動けないわ」
続
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