おはようございます。

ちょっとリハビリがてら短編を、と思ったのですがあれ?思った以上にシリアス!

こんな筈では・・・思ったより甘辛な話になってしまいました。

次回はコメディにしたい。

と言うことで、シリアスでも良いよ!と言う方はお進みくださいませ。

 

 

 

パートナー

 

 

「イムジャ」

 

すぐそこにウンスは座っているのだが、返ってくる声はない。

 

「イムジャ?」

 

————一体どうしたと言うのか。

 

昨日まで、いや、今朝まで普通だったはずだ。

いつものようにウンスの本日の予定を確認し、自分が部屋を出る際には「いってらっしゃい。気をつけてね」と笑顔を見せていた。

ふりふりと手を顔の横で振る姿が可愛くて、その手を取ってじっと見つめると「もうっ」と笑いながら頬に口づけをされた。自分の要求は正確に伝わったらしい。

そんないつも通りの朝だった。

 

それが夜になり部屋に帰ると普段と様子が違った。

こちらに目を向けないままに「おかえりなさい」と座って書物を捲っていた。

いつもは自分が帰ると嬉しい!という気持ちが伝わってくる笑顔で「お帰りなさい!」と駆け寄って出迎えてくれる。

その顔を見ると自然と自分も笑顔になり、ついそのまま抱きしめてしまうのが日課だった。

 

「イムジャ?どうしたのです?」

「どうもしないわ」

「では何故こちらを見ないのです?」

 

顔を向けないウンスに近寄り、本を取り上げて机に置くと、ばさりと言う音とともに蝋燭の炎がゆらりと揺れる。

手から本がなったウンスの瞳がやっと向けられ————ほんの一瞬、その瞳が切なく揺れた。

 

常にない様子に、ヨンの空気が真剣なものに変わる。

 

「何かあったのですか」

「…ごめんなさい。今日はもう寝るわ」

 

そう言って、横を通ろうとするウンスの腕をパシリと捕む。離してと動かすが力で敵うはずもない。

 

「理由を言うまで離しませぬ」

 

言葉に詰まったように眉をしかめて目を逸らすウンスの様子に、ヨンの目は剣呑な光を帯させ、つかんだ腕に少しだけ力を入れる。

 

「本当に何でもないから、お願い離して」

「嫌です」

「テジャン!離して!」

「拒絶するな、背を向けるなと言うたのはあなただ!」

 

声を荒げたヨンにびくりと肩を揺らすと、驚いたように瞳が向けられた。

 

「何があったのです。そんな顔をして、泣きそうなイムジャを放っておけと?悲しんでおるのが分からないとでも?————俺には、理由も話せないと?」

 

自分の方が傷ついているような顔をしたヨンに、ウンスは動けずにいたのだが————自然と手がヨンの頬に触れた。

 

ヨンはその手の上から自分の手を重ねると、耐えるように瞳を閉じ、手のひらに顔を寄せ口づける。

 

「————泣かないで」

 

ウンスからポツリと言葉と共に、瞳から涙が落ちた。

 

「泣いてなどおりませぬ。泣いてるのはイムジャでしょう」

「あなたが泣かないから、私が泣くのよ」

「はっ、その涙は俺のだと?では理由もお分かりですね」

「テジャン・・・」

「俺は、あなたが笑わぬと落ち着かぬ。ずっとそばにいると、必ず護ると誓った。体も、そして心もです。なのに、その憂いを何故話してくれぬのかと、そんなに俺は頼りにならぬのかと、俺は誓いも果たせぬのかと————俺が泣いているとすれば、それが理由です」

 

ウンスの瞳から涙が溢れ「ごめんなさい、そうじゃない・・・そうじゃないのよ」と首を振る。

 

「あなたが護ってくれてるのは分かってる。あなたを傷つけるつもりはなかったの。これは私の問題だから————」

「だから話せぬと?ウンス、あなたの問題は俺の問題でもあるのです。話して」

 

ウンスの瞳は彷徨い、そうしてヨンに向けられると、次いで諦めたように伏せられた。

 

本当は話したくなかった。ヨンに弱い自分を知られたくないわけじゃない。

自分という存在の、プライドの問題だった。だがそれでヨンを悲しませるのは本意ではない。

だからヨンが帰ってくる前に寝てしまおうと、そうしてリセットしようと思っていのだ。

それなのに、何も頭に入ってこないまま書物を眺めて随分とぼんやりしていたようだ。

 

ため息を小さく付くと、ウンスはポツリポツリと昼にあったことを話した。

 

 

*****

 

 

「医仙様、少々よろしいですかな?」

 

典醫寺に続く廊下を歩いていたウンスは、男に呼び止められて振り返った。

見覚えのない顔だが、本当に会った事がないかは自信がない。迷いなく声をかけて来たということは、間違いなくどこかで見られたことはあるのだろう。

 

「私?」

「はい、医仙様」

「えーと、貴方は?」

 

おや、という顔をした男は少し嘲るように顔を歪ませた。本人は笑顔を見せているつもりだろうが、整形外科医として戦って来たウンスにとってはわかりやすい悪意だ。

 

————ふうん、私に喧嘩売ろうって言うの?

 

「私は郭家のハンユンと申します。」

 

郭家と聞いてもピンと来ていないウンスが分かったのだろう。何やら色々と己の功績を述べているが、有り体にまとめると高位の文官であり、それなりの勢力を持っているようだ。

 

「ところで、医仙様と大護軍は非常に仲睦まじくいらっしゃるとか」

 

さも微笑ましそうな顔をしてそう言うが、心からそうは思っていないことが透けて見える。

 

「大護軍は王からもご信頼も厚く、今後もきっとご活躍なさることでしょうな」

「ええ、そうですね」

「ただ、さらに上の地位を目指すには少しばかり————」

 

目を細めてウンスを見ると、言いにくそうに目をそらし途切れさせる。

 

「少しばかり、何です?」

「いえ、言い過ぎました。これを医仙様に言うのは酷かと」

 

————わざとらしい

 

どうせそれを言うために声をかけたのだろうに、進まない会話にすっとウンスの目が細まる。

 

「先を言わないのでしたら、もう行っても?こう見えて暇じゃないの」

 

ウンスにとっては普通だが、女人らしからぬ物言いに目を丸くしてウンスを見ると「医仙様が暇などと、どうにも年寄りは長くなっていけませんな」と笑いながら先を続けた。

 

「医仙様、地位を上げるためには何が必要と思われますか?」

「何が言いたいの?」

「医仙様、大護軍は頭も良く、武芸に秀で、実力だけで申し上げればこの上ないお方ですが…私としても大変憂うべきことでございますが、実力だけではどうにも行かぬのが現実です」

「つまり、あなたならそれをあげられるって言いたいの?」

「私如きがあげるなどと」

「謙遜は結構よ」

「医仙様、この世には後ろ盾というものがございます。医仙様は天界から来られたお方、高貴な御身ではありますが、天人も地に落ちてしまえば、その実平民と変わりますまい」

「だから私の後ろ盾になってくれるって?私に何かをさせて?」

「まさか、私はただの老婆心にて大護軍の心配をしているのでございます。私が医仙様の後ろ盾など恐れ多いことでございます。私には娘がおりますゆえ、大護軍をお支えできればと思っておるのですが、どうも色よい返事がいただけずに困っておるのです」

 

ああそういうこと。とウンスは笑った。

 

「後ろ盾のない私は身を引けってことね」

「まさか!医仙様には大護軍と我が娘をお支えしていただきたく。妾の座でも平民の身分では十分でしょう。さすれば私からも、今後医仙様に感謝とお礼を」

「はっ、だからあなたの娘を彼に勧めろって?お断りよ。あの人の妻はあの人が選ぶ。それにね、あの人はきっとこう言うわ。「面倒くさい地位なんてこっちから願い下げだ」とね。それでもあの人は実力で地位を得るの、本人が嫌がっていてもね。だから、悪いけどあなたの後ろ盾なんてこっちから御免だわ」

「なっ!なんて無礼な!この私がここまで言ってやっておると言うに!」

「無礼なのはあなたでしょう?私は王と王妃に呼ばれてここにいるのよ」

 

ハンユンはうっと顔を歪ませた。ウンスが自ら王が後ろ盾だと言えば、恐れ多くも王を後ろ盾などと不敬であると断罪できるのだが、そうは言っていない。呼ばれたと言っただけだ。

だがそれでも、これ以上医仙を貶めれば、自分の方が王に対する不敬だとされかねない。

 

ふんっとウンスから視線を外し「天界の者には話が分からぬ、もう良い」と言い捨て去っていった。

 

 

 

 

****

 

 

「つまり、郭家は私の出世にイムジャが邪魔だと?」

「だから言ってやったわ。後ろ盾なんて彼には必要ないって」

 

高慢な者にとってはさぞ自尊心を傷つけられただろうなとヨンは思わず笑う。

 

「地位など望みませぬ。面倒だ」

あなたならそう言うと思ったとウンスはクスリと笑い、やっと見せた笑顔に少しだけ安心するが、まだ悲しみの色が見えている。

目元に滲む涙に手を伸ばし指で軽くなでると、先ほどとは逆にウンスが手に頬を寄せてくる。

 

「すべてイムジャの言う通りです。それなのに何故、何を気にしておるのです」

「あの人が言ったことを気にしてるんじゃないの。後ろ盾が必要とは思っていないわ。だけど————」

「だけど、なんです?」

「私は、何もあなたにあげられないのは事実だと思ったのよ。それどころか、いつも私を守るために危険な目に合わせてばかり。パートナーだと言ったのは私なのに」

 

ウンスは悔しさに唇を噛んだ。

あなたが私を守る、私はあなたを護る————そう言ったのは自分なのに、守られてばかりだ。

 

「医術だってあなたには滅多に必要ないし、必要ないことの方がいい。それに、医仙なんて呼ばれているけど、この世界の医術に関しては力不足役だし、薬草の知識もない」

 

ただでさえ、この時代の常識だって知らないのだと思うと、迷惑かけてばかりな気がする。

それでも、ヨンの自分への気持ちを不安に思うことなどなかった。

愛しいと向けられる瞳は、いつもウンスに向けられており、ウンスを離すことなど決してできないと、あの時の言葉をずっと態度で示してくれている。

だからこそ、何もあげられない自分が情けなくなったのだ。

 

「私はもらってばかりだわ」

「ウンス」

「ごめんなさい。こんなこと言われてたって困るわよね」

「ウンス、こちらを見て」

 

きっと自分は酷い顔をしているだろうに、顔を上げろと言われ、しぶしぶ伏せていた視線を上げる。

ヨンは優しく笑い、先ほどより少ししっかりとウンスの涙を拭った。

 

「イムジャは間違っております」

 

思っていなかった言葉に、え?とウンスは目を丸くした。

 

「俺はイムジャからもらってばかりおります故、間違っていると申したのです」

「私が?」

「死ぬ向かうだけだった俺を生きる人間にした。死ぬのが怖い、生きて、そばで守りたいと思う気持ちを、あなたに出会って初めて知った。愛しさも、寂しさも、誰にも渡さぬという気持ちも。俺はイムジャがいないと生きてゆけぬと申したでしょう。飯が美味いという感覚も、部屋に帰り癒されることも、あなたを感じる香りも————俺を人として生かす全てが、イムジャの存在のがいる上で成り立っておるのです」

 

ウンスの瞳に顔を寄せ、目尻に口付けるとウンスを引き寄せて抱きしめ「それに」と続ける。

 

「イムジャは天界を捨て俺を選んでくれた。何もあげられないなどと、あなたは全くご自分を分かっていない。愛しさを過ぎて呆れてしまうほどです。あなたはあなたの全てを私にくださった。これ以上一体何を望むと?」

 

そう、この方は自分のために故郷も家族も全て捨てたのだ。誓いを破ってでも、離したくないと、そばにいてくれと言った想いに、ウンスは応えてくれた。一生をかけても返すことなどできぬほどの幸せを、ウンスから貰った。

 

「私だけで————いいの?」

 

ウンスの瞳から涙が溢れた。

 

「それが俺の全て。故に、もう十分です」

「テジャン、私も同じよ。あなただけじゃない。私がいた世界では、キ・チョルのように胸に穴が開く病を持った人がたくさんいたわ」

 

ボロボロと涙を零し、声にならないウンスの頭を撫でポンポンと背中を叩く。

 

「あの頃は、自分では分かっていなかったけれど、私もそうだった。あなたに会って、あなたが胸の穴を埋めてくれた」

「では、互いにもらってばかりおると?ですがこればかりは私も譲れませぬ故、イムジャが諦め、あげてばかりとお認めください」

 

そう言うと、ウンスは泣きながらも「何よそれ」とクスリと笑い顔を上げた。

 

「私だって負けないんだから、あなたが諦めて?」

 

「お断りです」

 

互いに目を合わせて笑い、ヨンはウンスに顔を寄せると、そっと唇を己のそれで塞ぐ。

長く続く口付けを一度離し、もう一度合わせると自然と深いものに変わる。

 

「ん・・・ふっ、ん」

 

ハァと息を吐いたウンスはポスリとヨンの肩に頭を預けた。泣き疲れと酸欠で意識がトロリと霞む。

 

「ねぇ、チェ・ヨン」

「なんです?」

「私だって・・・パートナーなんだから、お断りよ」

「分かりましたから、もう寝てください」

 

負けず嫌いな方だと言いながらも、その声はとても優しく、心地いい。トントンと背中を叩かれるともうダメだった。

 

すっかり寝入ってしまったウンスを寝台に運び、寝顔を見つめながらその髪に手を伸ばす。

さらりと髪をとき、頭をゆっくり撫でると、すりと手に寄ってくるウンスが愛しくてならない。

 

手の優しさはそのままに、だがヨンの瞳からゆっくりと笑みが消え、その奥には剣呑な光を帯びた。

 

 

 

 

その後、郭家の不正が見つかり、ハンユンを筆頭とした数名が官職剥奪となったことはウンスは知らない話だ。郭家の中でも善良な者はそのままだったが、その勢力は大きく削られたことに違いなかった。

 

 

ねぇパートナー。あなたは私を守る。私があなたを護る。

 

 

 

 

久々でしたが、いかがでしたでしょうか?

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