夜中にこんばんは( *´艸`)♪
「雪の降る夜」本編になります。
師走ですねぇ。忘年会シーズンの到来です。
お酒の飲み過ぎにはご注意くださいませ!笑
8
「ねぇ、チェ・ヨン。さっきの話だけど」
しばらくの間、落ちて来る雪を眺めていたウンスが、ふと思い出したようにヨンに話しかけた。
「先ほどの話?」
「もう信じてるわ、あなたがチェ・ヨンだって。この橋に来たのは、あなたがここに来る事になったきっかけを思い出せないかなって思ったのよ」
「きっかけ、ですか」
「そう。あなたはまだ生きているはずなのよ。きっかけが分かれば、あなたが帰れる方法も分かるかもしれない」
帰る…それはつまり、ウンスとの別れだ。その言葉がヨンの心に冷たく響いた。
「貴方はここにいちゃいけない。帰らなきゃ…ほら、貴方の部下たちもきっと待ってるわ」
明るくそういう声が、ほんの少しだけ声が震えている事に、ウンス自身は気づいているのだろうか。
「私が帰っても…平気ですか」
「…分からない。また、寝れなくなるかも」
「一人で寝れぬ夜を過ごし、そうしてまたお一人で…」
——————傷つくのですか
「だって…ずっとそうしてきたもの。だから私なら大丈夫。心配しないで」
大丈夫と言って笑う瞳が切なく揺れている。そうやって無理に笑おうとするウンスを、何故だか見たくないのだ。自分にだけは正直にいて欲しい。だが、自分はウンスを守るどころかこの先ずっと側にいることさえ出来ない。そんな自分が一体何を言えるというのか。
「ウンス殿…」
名を呼ぶしか出来ないことが、こんなにも…苦しい。手すりを握る手に自然と力が入り、唇を噛み締める。
「寒いわね」
小さな声でそう言ったウンスが体を小さくして自分の手にはぁと息を吹きかけた。その仕草が、一人で耐えるウンスを現しているようで、ヨンは思わずその手を取ってしまった。無意識の行動に自分で慌ててしまう。許しも得ず女人の手を握るなど、一体何を考えているのか。だが、ウンスは振り払う様子もなく、それを良いことに握る手に力を入れる。
ふと、雪を眺めていたウンスがポツリと声を出した。
「ねぇチェ・ヨン…もし、私が高麗に行ったら少しは役に立つのかしら」
「ウンス殿?」
「医者が…足りてないのなら、きっとそうね」
——————ウンス殿が高麗に?
その言葉は甘く身に浸透してくるようで、ヨンは思わず頭を振り、冷静になれと自分に言い聞かせる。
「何故、そのような事を?」
「…そうね。私は美容整形外科医なんだけど、ついつい思ってしまうの。このままでいいのかって」
ウンスは元々は外科医だった。人の役に立ちたいと思ってついた仕事なのに、蓋を開けると汚い所ばかりが目に入った。ポストの為に上に媚びるのも、派閥に入って争うのも、女の身で生意気だのと嫌味を言われるのにもほとほと疲れてしまった。
そうしてある日、ぷつりと糸が切れてしまった。
「ね、チェ・ヨン」
医者の世界からこぼれたウンスは流されるままに、美容整形外科に落ち着いたのだ。需要の多さからポストに困ることもなく、ちょっと皮膚を触るだけで多額の金が動く。だから給料もいいし、生活にも困らない。
だが———それだけだ。美容整形に情熱を持って専門になった人ならば、それはそれで素晴らしいことだ。でもウンスはそうじゃない。要望に応えるだけでいいのだから、楽な筈なのにいつも心が満たされなかった。
それでも頑張ろうとしたのだ。少しでも客に応えようと、安くしようと色んな提案をして新しい技術だって学んだ。指名だって多いし、それなりに人気はあると思っている。それなのに———。
「僕は結婚したら、妻になる女性には家庭に入ってもらいたいんだ。そっちの方が君にとっても楽だろう?ああ、真面目な君のことだから仕事の穴を気にしてる?それなら心配いらないよ。ここは江南だから医者ならゴマンといる」
こう言ったのは院長の息子だった。おそらく悪気はないのだろうし、結婚したら女性には家庭にと望む男性が一定数いることだって理解している。ただ、自分の代わりはいくらでもいるのだと、お前がいなくても何も困らないのだと———もちろん、それだって間違ってはいないのだ。例え誰かが急にいなくなっても、残された人間でやって行くしかないのだから、困ることがあってもそれはそれで進んで行く。
それでも、病院を担って行く院長の息子だからこそ、ウンスには辞めないで欲しいと…大事な戦力なのだと言って欲しかった。卑屈になっているのかもしれないが、自分には医者として何の価値もないのだと言われた気がした。
「あなたと高麗に…行ければ良いのに」
謹んでお断り申し上げた後、やけ酒をして帰っている途中で会ったのがチェ・ヨンだった。
彼の口から高麗のことを、医師のことを、そして彼の戦いの話を聞き————高麗でなら、現代医学を知った自分は役にたつかもしれないと思った。でも、それだけじゃない。
医師として———彼の助けになりたいと、ヨンと一緒に居たいと思ってしまった。我ながら非現実的だと分かっているのに、自分が知らないところでヨンが怪我をしたらと思うと苦しくなる。
「ふふ、冗談よ。そんなの、無理だって分かって…」
「真に、そうお考えですか?」
「え?」
「高麗に、私と共に来ても良いと…そう思うてくださいますか」
思ってもみなかった言葉に、思わずウンスが顔を向けると真摯な瞳と目が合った。
「私が高麗に戻り、ウンス殿を迎えに来たら…共に、来てくれますか」
「わ、私に来て欲しいの…?私が…必要?」
——————ああ、嫌だ
こんな質問、誰にもするつもりなかった。誰がなんと言おうと、自分の価値は自分で決めると、ずっとそう思っていたのに。彼にだけは必要だと…そう言って欲しいと願う自分がいる。そんなこと言われたらもう…後戻り出来なくなってしまう。
「医師としても———俺にも」
——————もう…駄目
この気持ちを認めてしまったらもはや後戻り出来ない…先に見えるのは幸せな結末とも思えないのに…そう分かっていても心が喜んでいる。彼が望んでくれた——————それだけで十分だと思いながらも、非現実的な可能性を信じたくなってしまう。
「これより先は、ウンス殿を迎えに来た時に。その時は答えを、聞かせてくれるか」
「で、でも…どうやって」
「探します。此処が天界と言うなれば、天界に来る術を」
彼なら本当に迎えに来てくれるのではないかと、そんなの無理だと分かっていても。涙が出そうな顔を見られたくなくて、ウンスは小さく頷くとヨンの胸にそっと背中を預けた。
「ね、チェ・ヨン、私—————っ!?」
あなたといたいのだと、そう言おうと顔を上げた時だった。ゴッと強い風が吹きヨンの周りに雪が舞った。その雪に紛れヨンの姿が霞んで——————
「待って!」
ウンスの叫び声が、夜の街に響いた。
続
あなたと共に、行けたらいいのに…