美術・骨董商の風景  ~果た師と落語「猫の皿」~ | 『美術商の鑑定日記』

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時代は変われど、美術品はいつの時代も人々を魅了する。絵画、書画、陶器、彫刻、宝石などなど…。全国各地津々浦々、西へ東へかけずり回り、これぞという代物を見つけ、販売するのが美術・骨董商のあきないだ。

時には100万円の価値はあると踏んだものが、二束三文でという苦い思い出もあるけれど、審美眼と旅心がこの商売の醍醐味である。


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美術・骨董商には、2種類ある。店舗を持つタイプとそうでないタイプ。


前者は店に手に入れた品物を置き販売するもので、美術・骨董商に抱く人々のイメージのほとんどがこれである。

そして後者だが、こちらは店舗をもたないので一般人との接点はほとんどない。業界では「果た師」と呼ばれており、フリーの美術・骨董商である。
全国の市場や店舗又は美術品が眠ってそうな家を転々とし、品物を手に入れては転売することを生業としている。

例えば東京の市場や同業者から買った40万の品物を、京都の美術商へ持ち込み50万で売り、京都の蔵から10万で手に入れた物を、今度は北海道の市場に30万で売りさばく、といった具合である。


美術・骨董業界の遊牧民ともいえるかもしれない。

果た師にはもちろん、目利きが求められるが、肝心なのは値利き、すなわち値踏みである。


品物の真贋を瞬時に見極め、どこで、いくらで売れるかを判断する能力を持ち合わせていなければ一人前になることは難しい。

果た師の歴史は古く、江戸の古典落語にもなっているのをご存知だろうか。


愛すべき果た師のお話 「猫の皿」。



内容はこうである。


江戸を離れ、田舎へ掘り出し物を探す旅に出た果た師。 なにかお眼鏡にかなう代物はないか、数日ほうぼう探し歩いている。 だが、目に入る物は二束三文の品ばかり、めぼしい収穫はなにもなし。

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途方に暮れ、こんな時もあるかと諦めて江戸へ引き返す道すがら、寂れた茶店を見つけた。 ちょっと休んでいくかと茶店に入り、熱い麦茶をすする。



今回の旅はしょうもなかった・・とぼんやり外を眺めていると、縁台の下に猫がいた。

ふと、目に留まったのはエサにがっつく猫ではなく、エサが入った茶碗。

間違いなく絵高麗茶碗だ。江戸で売れば300両はくだらない。いやうまく売れば1000両、2000両になるかもしない。

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果た師には、なんでこんな高価な茶碗が、猫のエサ入れなんかにという驚きと、 しめたっ、店の主人が価値を知らずにしていることだろうから、 いいように言って茶碗を手に入れようという気持ちがわき上がる。

そこで、猫好きを装い、こんな可愛らしい猫はいないから、 どうしても譲ってほしいと主人に伝える果た師。 主人は、子どももなく妻も可愛がっているので、と断っていたが、 ここで諦めては、果た師の名がすたると、散々、説得し三両で猫を貰い受けることとなった。

そして、しめしめ、あと一踏ん張りだと、「エサを入れる皿が変われば 猫も不安がるだろうから、その汚い茶碗も一緒に譲ってくれないか?」と主人に言う。

だが、「それでしたらこれを、と主人は如何にも安物の木のお碗を持ってきた。 慌てふためく果た師。

果た師:「いや、いいんだよ!その汚い皿で!」

主人:「この猫でしたら何の皿でもよく食べますよ。こちらのお椀は、以前使っていた物だからこちらを持って行ってください」

果た師:「・・・・・・・・・・・」

主人:「ご存じないかもしれないが、この皿は絵高麗の茶碗といって、 江戸で売れば300両、いやうまく売れば1000両、2000両はくだらないもの。 やすやすと売るわけにはいきません」と言う。


果た師は全身の力が抜けてしまい、「それなら、なぜエサ入れなんかに、」と聞くと、
「ええ、こうやって、この茶碗にエサを入れ、縁台の下に置いておくと、売れるんですよ。ノラ猫が。 ときどき、三両で、、、」と主人はつぶやいた。




これが落語「猫の皿」である。 しかし、昔の滑稽話であるとはいえ、現実にありえないことではない。せめて最初から300両で交渉すればどうだったのだろうか(落語にはならないが)。



若い頃、駆け出しの骨董屋の私も先輩業者に散々、騙され、偽物を買わされた。
時には億単位の借金まで背負うハメになった。



しかし今、「猫の皿」を寄席で聞くと 腹の底から笑い、その先輩業者に感謝の気持ちが湧き出てくる。



物の価値と相手との駆け引き。今も昔も変わらない美術・骨董商の魅力である。




柳家小三治 「猫の皿」

https://www.youtube.com/watch?v=CwZ4aacAsAg
                                         

                writing by 染谷尚人