デイルバーネットの手記(非公式) | 「これはペンですか?」「いいえ、これは丸山正吾のブログです」


a月a日
コレイング夫妻に厄介な事を頼まれた。

元々洞窟に住んでいた俺にお節介を焼く奴らだった。人と居られないからここにいるのに、ちょくちょく顔を出し、食べ物を寄越したり、生きてるか確認しに来たり、本当に面倒な夫婦だった。

辺り一帯に異形が溢れ、皆外に出られなくなった。

洞窟内にバリケードを作った奴らもいる。
コレイング夫妻は、幼い子供を俺に預け、生き残った人を探しに行くと言い残し、そのまま戻って来なかった。

彼らは、一度助かった命を誰かの為に捨ててしまったのだ。

愚かな人達だ。

子供は、とても恐ろしいものを見たのだろう。口を聞かない。


厄介な事になった。

万が一、コレイング夫妻が生きて戻った時に備え、一応日記を記しておく。


a月b日
やはり、人間が近くにいると落ち着かない、どうしてもダメだ。耐えられない。

ついてくるなと大きな声で脅したが、子供は逃げ出さず、真っ直ぐに俺の眼を見ている。
眼を見られるのは嫌いだ。

何度も蹴飛ばしてやったが、泣きもせず、ついてきた。

仕方がない、何か食わせてやるか。
目の前で死なれても寝覚めが悪いしな。
明日になったら追い出そう。


a月c日
昨日の夜はよく眠れた。
子供というのはこんなにも体温が高いのか。
暖房器具だと思う事にしよう。冬場は寒いからな、冬が終わったら追い出す事にするか。



e月a日
冬が終わった。
あいつは驚くほど大きくなっている。子供はこんなにも早く大きくなるのか。この成長速度を鑑みるに、これからは今まで以上に多くの食べ物を探さなければならない、本当に面倒だ。

夜は大泣きするし、泣き止ませるために背負うのも腰にくる。言葉が通じないのか、何を言ってもヘラヘラしてるし、何故人間はこんな面倒な生き物を有難がって育てるのか。
そうか、それが理解ができないから俺は洞窟に一人でいるんだろう。
まあいい。物心が着いたら、こいつを洞窟内の集落に捨てておこう。

k月t日
あいつが喋った。
初めて喋った言葉は"じじい"だった。
ひっぱたいたが、笑いながらじじいじじいとはしゃいでいた。なんという生意気なガキだ。
しかし久しぶりに人に話しかけられた。
話すというのは関係を作る行為だ。こいつと俺が関係を?冗談じゃない。
まあ、集落の人達とコミュニケーションをとれるくらいには言葉を覚えさせてやらねば。
面倒だが、早いとこ、こいつから離れたいからな。


k月u日
そういえばコレイング夫妻はこいつの名前を言ってなかった。名前が無いと不便だ。
確かコレイング夫妻はアイルランド出身だと言っていたから、古代ケルト神話に於ける"太陽と豊穣の女神エリウ"から、エリンと名付けた。
一生洞窟の暗闇から出る事の無いこいつには、せめて名前くらい明るいものをやろう。
しかし自分の名前が女神の名前に因んでいると気づいたら、怒るだろうな。
その時は指を刺して笑ってやろう。楽しみだ。

いや、その頃には、もうこいつはここにはいないな。
そうだな、いないほうがいい。


m月a日
エリンが毎日「これはなに?」「あれはなに?」「なんで?」「どうして?」と聞いてくる。ありとあらゆるものに興味を持ち、疑問を投げかけてくる。
恐ろしいほど面倒だ。

歴史、異形の存在、集落の存在、洞窟内で食べられるものと、そうでないもの、これだけ分かれば良いと言うのに。
「どうしてじいちゃんは集落に行かないの?」だと。
それが分かるなら俺はここにいない。本当にエリンの奴はバカだ。


m月c日
あいつを集落に捨ててきた。
もう物心もついたし、会話もできる。
集落の人達はお人好しばかりだ、アルバートは警戒するだろうが、ジョセフやフェリシティがなんとかしてくれるだろう。イーサンに鍛えてもらえば生き残る可能性も上がるだろう。
それにしても清々した。これでガチャガチャと喚く者がいなくなり、静かな生活に戻れる。


m月d日
夜が寒い。
そうか、忘れていた。
夜は寒くて、真っ暗で、静かだった。
まあいい、元の生活に戻っただけだ。
なんの問題もない。



m月e日
今日も夜が寒い。
他には特に何もない一日だった。



m月f日
特になし。




m月g日
なし。




m月h日
なし。




m月i日
エリンが戻ってきた。
正確には、昼は集落で過ごし、夜になると戻ってくる。言うに事欠いて「じじいが寂しがってるだろうから」だと。生意気にも程がある。ひっぱたいたら髭をむしられた。年長者に何てことをする奴だ。許せん。
明日また戻ってきたらたっぷり説教してやろう。


p月a日
エリンが自分の年齢を聞いてきたので、アルバートやアンジェラの子供たちと同じ年齢だと答えた。
拾った時期を考えると、恐らくエリンが2つ程歳上で、身体も彼らより大きいが、みんなと同じほうがいい。
"違い"は、人を遠ざける。


r月b日
エリンが集落で振る舞われた料理を包んで持ってきた。なんという美味さだ。フェリシティの料理はこんなにも美味かったのか。エリンは毎日集落での出来事を俺に話す。とても楽しそうだ。



s月a日
どうやらエリンに、気になる子ができたらしい。
俺に色恋の相談とは、なんと頭の悪いガキだ。
しかし集落内でもヒエラルキーがある。
聞く限り、相手はヒエラルキーの高い人間だ。
「その子はお前には無理だ、自分と同じ種類の人間にしておけ」と言った。奴は随分と怒っていたが、その方がいい。誰かと"同じ"であることは、それだけできっと安心できる。



t月f日
エリンが仲間を連れてやってきた。
誰にも教えるなと何度も言って聞かせたのに、本当に頭の悪い奴だ。

アンジェラの娘、タルラ。
アルバートの息子、ロイ。
発電施設の管理をしてるブリュターニュ家の一人娘、ジーナ。
なんともバラバラなメンバーだ。

タルラは俺を見ても全く物怖じせず、外の世界の話を聞きたがった。
洞窟内で一生を終えるのに、そんな事を聞いて何が楽しいのか。子供の考えは本当に理解できない。
ロイはそんなタルラに振り回されてるといったところか。
ジーナは仲間はずれを恐れてついてきたのだろう、ものすごく脅えていた。
ちょっと脅かしたら「出ましたわー!」だと。
人を化け物のように言いおって。

エリンはとても楽しそうに笑っていた。
やはりこいつには仲間が必要だ。いずれここにも戻って来なくなるだろう。

それでいい。

それがいい。


u月n日
タルラとジーナがまた喧嘩した。
五月蝿い。何故ここで喧嘩するのか。
集落でやってくれ。

v月y日
ロイが泣きながらやってきた。
寝小便してアルバートに怒られたそうだ。
アルバートは責任感が強い、強すぎる。
リーダーの息子として相応しい男に育てたいのだろう。だが、ここで泣くな、集落で泣いてくれ。


w月b日
タルラがまた、外の世界について聞きに来た。
もう何度目かわからない。勘弁してくれ。
対処法を思いついた、タルラは歴史の話をするとすぐに寝る。しばらくしたらロイが迎えにくるから、それまで寝ていてもらう。我ながら良い対処法だと思う。



x月s日
日記を書く暇がない。
毎日あいつらがやってくる。
鬱陶しい。




y月b日
久しぶりの日記。
エリンの身長が俺と同じくらいになっていた。
気づけば随分長い時間が経ったようだ。
俺の膝にしがみついてたくせに、一丁前になったものだ。
タルラも、ロイも、ジーナも大きくなった。
大人ではないが、完全に子供というわけでもない。
色んな事を考え始める時期だ。
そろそろここにも来なくなるだろう。



z月z日
エリンが洞窟の外に出たいと言ってきた。
大方、タルラが言い出してロイが計画を練っているのだろう。そうなるときっと、ジーナも仲間はずれが嫌で参加する。どうせエリンのバカは何も考えずに計画に乗ったのだ。

外の世界、灯台を超えたら海がある、、、その先か。
その先には何があるのだろう。世界はどうなっているのか。俺にもわからない。

今日を生きるには、過去を知り、今を見ればいい。
"その先"など、考える必要はない。未来を見る余裕はこの洞窟にはない。

群れから離れた奴は簡単に死ぬ。
洞窟の外は異形で溢れている。
灯台には恐ろしい怪物がいる。
この場所は、ギリシャ神話で世界の最果てと呼ばれた場所。
"その先"など、絶対に行けるはずがない。
1度でも外を見れば、諦めて洞窟での生活に満足するだろう。
仕方がない。見せてやるか。

その前にせめて、異形との戦い方を教えなければ。
本当はイーサンに頼むのが良いのだろうが、アルバートが許さないだろうしな。

別にアイツらがどこで死のうと俺には関係ないが、名前を知ってる人間が死ぬと、寝覚めが悪くなるからな。
名前というのは厄介なものだ。

さて、明日から異形退治の訓練だ。
せいぜい洞窟の入口までだな。
明日も早い。

寝るとしよう。