全ての物事は、適切なタイミングで、
起こるべくして、起こっています。

大切なのは、「それ」を、どう捉えるか?

問題が、問題なのです。

私は、真理を伝えれば、社会は変えられると思っているし、
物事は必ず変わる、と信じているから本当は文字を大きく
したりしたくはないのです。

写真も使った方が「いいね!」がいっぱい付くとか
8割以上の方が言うけど、どうでもいいんです、本当は。
図や写真も、使いたいんです情報量が半端じゃないですから。
コスパの面や、読者のことを思えば、私も使うべきだと思います。

でも、今はいいんです!

なぜなら、それらに頼ってしまうと文章表現力が付かないと思うから。

最低限度の日本語の文章表現力もないまま、初めから「それ」に
頼るのは、私は好ましくない結果を生むように思います。

ま、みんなの逆をやりたくなるのは、
子供の頃から変わっていませんね。
人と同じことするくらいなら、何もしたいとは思いません。

なぜなら、それは「私が決めることだからです」


あらあら、サトーさん、またそんなこと言っちゃって、。
でも、「本当の思いに装飾はいらないのです。」

ま、実を言うと

今、私の最大の達成課題は

「言葉を整えること」なのです。



さて、ようやく、本題です。

一昨日、私は友人のコーチにこんな話を、させて頂きました。

むかし、とある心理のワークショップで
こんなことがありました。

ある、カリスマと呼ばれる先生が開催された講座。

参加者は30人。二人一組でペアを組みます。
自己紹介から始め、各々の将来ビジョンを語ります。
時間は3分。その後、感想を述べ合います。

私とペアを組んだのは、見るからに権威の固まりの
ような、とある分野では指導的な立場にある大先生でした。

私は、いいと思うんです。リーダーシップを発揮しなければ
ならない社会的役割や、お立場の方はそれでも。
決してダメでもないし、フォロワーに対しては、むしろそれが必要だと思うんです。

私の発表後、その方の口から出て来たのは、ダメだしの嵐でした。
凹みました。もう、帰りたくなりました。
何も、そこまで言わなくても~、という感じでした。

その日の午後30人は、15人づつに分かれ、二つの教室へ。
その、大先生と分かれ、私は別の教室へ行って別の講義を受けました。

少し早めに終了した、私たちのグループが、元の教室に戻ると、、、。

さあ、ここがポイントです。

なんと、その大先生が、そのカリスマ先生に注意されているのです。

私が一番、びっくりしたのは、その内容です。

彼が、私に注意していたことと全く同じ内容だったのです。


私は、口をポカ~んと開けたまま考えました。
もちろん、ここで、ざまあみろ、なんて思うのは、頭の悪い人のすることです。
ここ、大事なトコです。役割ですから、「彼も必要な人」なのです。

時に、こんなことを見せてくれるんですよ「大きな存在である何かが」

もし、あと10秒、入るのが遅れていたら、。
もし、私たちのグループが、早めに終わらなかったら、
もし、あちらのグループが、早めに終わっていたら、
私が、飲み物を買いに行ったり、トイレに行っていたら、。

もう、いくらでも出て来そうです。


そうなんです!

大先生が、見ていたのは「私では、なかったのです」

この、内容を扱って最近、売れている本、ご存知でしょうか?
また、実はこれ誰でも知っている「心理学の父」と言われている
大家が述べていることなのです。

でも、本で読むのと自分の体験として

骨身に沁みて「分かる」のとでは、歴然の違いがあると、私は思います。

最後になりましたが、これは本当は

「毎日、何らかのカタチで、誰の身にも起こっている」

ということを、お伝えして

この記事を終えたいと思います。

問題が、問題なのです。

そこに、気づけるかどうか、ですニコニコ







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